唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

ガセビアの取調べ。

タコシェで既刊『唐沢俊一検証本VOL.1』『唐沢俊一検証本VOL.2』『トンデモない「昭和ニッポン怪人伝」の世界』『唐沢俊一検証本VOL.3』『唐沢俊一検証本VOL.0』「唐沢俊一検証本VOL.4」の通販を受け付けています。タコシェの店頭でも販売しています。
・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。
・当ブログにコメントされる場合には誹謗中傷および個人を特定しうる情報の掲載はおやめください。守られない場合には厳正に対処する可能性があります。
・1970年代後半に札幌でアニメ関係のサークルに入って活動されていた方、唐沢俊一に関する情報をご存知の方は下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
karasawagasepakuri@yahoo.co.jp



 唐沢俊一週刊新潮連載中のコラム『東京情報』の中の人(ヤン・デンマン)なのではないか? という疑惑については以前取り上げた(2013年5月30日の記事を参照)。先日のニコ生(7月11日の記事を参照)でも「某誌で匿名の連載を持っている」とか言ってたから現在も継続中なのだろう。
 疑惑がある以上、『東京情報』を毎週チェックするようにしているのだが、唐沢俊一らしさがあまり見られないうえに、右寄りな内容の文章がひたすら書き連ねられているだけの特に面白味のないコラムなので普段はスルーすることにしていた。…のだが、先週発売された週刊新潮』7月31日号に掲載された第78回「取調室の「浪花節」」が個人的にテレビドラマの回(2013年11月26日の記事を参照)以来のヒットだったので今回は取り上げることにした。唐沢問題を別にしても興味深いコラムでもあるし。



 タイトルを見てわかるように、今回は取調べの可視化がテーマなのだが、文章を読む限りデンマンさんと話相手「先輩ジャーナリストのY氏」は可視化に反対らしい。『週刊新潮』7月31日号P.110よりY氏の意見。

「可視化の目的は、容疑者の人権を保護し、冤罪を出さないことだという。しかし、それを最優先すると、警察の士気を落とすことになる。それに、刑事も容疑者も演技をするようになるだろう。でも大事なことは、人情や本音でぶつかりあうことなんだ。二・二六事件あさま山荘事件も、投降させるときの文句は『親が泣いているぞ』だった。たとえ法治国家でも、人情で容疑者を落とすというダブルスタンダードは必要なんだ」

 取調べの可視化に伴って現場の士気が低下するおそれについては、法務省も指摘しているが、冤罪を出さないように留意することを最優先とするのは別におかしな話ではないだろう。それに、可視化に反対する意見としてよく挙げられるのは検挙率の低下なので、それと冤罪のおそれを対比させた方がよかったように思う。
 あと、二・二六事件の時に撒かれたビラに書かれてあった文句は「オ前達ノ父母兄弟ハ国賊トナルノデ皆泣イテオルゾ」である。…まあ、「人情」ではあるんだろうけど「脅迫」でもあるような気が。それから、あさま山荘事件の時に犯人グループの母親を連れて来たら、そこに向かって発砲してきたのは有名な話なのでは。「たとえ法治国家でも」以下に関しては正直Y氏が何が言いたいのかわからない。一体何がダブルスタンダードなのかサッパリだ。



 同じくP.110よりデンマン氏の意見。

 それに、司法取引も日本の文化にそぐわないと思う。日本人には「潔さの精神」が根付いている。悪しき者は捕まった以上、自らの罪を反省し、それ相応の罰を受ける覚悟を持つ。江戸時代、法廷が置かれた場所を「お白洲」と呼ぶのも、潔白な場として捉えられていたからだ。司法取引は日本人の感覚からしたら裏切りであり、卑劣な、もっとも慎むべき行為なのだ。

 唐沢問題を調べていると、日本人に「潔さの精神」が根付いているとはとても思えないのだがそれはともかく、司法取引によって捜査の進展に協力するケースだってあるのだから、それを「裏切り」「卑劣」と呼ぶにはあたらないのではないか。また、罪を認め反省した態度を見せると罰が軽減される、というのは日本の現状と変わらないのではないか。デンマンさんの話は小学生が「お前、よくもチクりやがったな!」と友達に逆ギレしているのと大差ないように思われる。それと、司法取引の問題点として冤罪のおそれ(無関係の人間があらぬ罪を着せられる)がよく挙げられるのだが、その点をスルーしているあたり上に挙げたY氏といいデンマンさんといい冤罪を軽く見ているのが伝わってくる。容疑者を「悪しき者」と決めつけるのもアレだけど。




 P.111よりY氏の話。

「犯行事実以外の部分を追及するのが大事なんだ。ジャーナリストもそうだろう。なぜ、犯罪者の生い立ちや親族関係を追いかけるのか。人格形成の源流を辿るためだ。親の素性や学歴や育ち、生れた土地や血統まで追う必要がある。しかし、取調べを可視化して、『お前は在日だろう』とやれば、今度は刑事が糾弾される。そしたら、世の中は真っ暗だ」

 2011年に取調べで暴言を吐いた大阪府警の警部補に有罪判決が下されている(「日本経済新聞」)。この事件が発覚したのは取調べを受けていた人がその内容をひそかに録音していたからである。残念ながらY氏にとって既に「世の中は真っ暗」なようだ。
 …それにしても、取調べのどのような局面で「お前は在日だろう」という発言が許容されるのか、自分には皆目見当がつかない。




 P.111よりデンマン氏の意見。

 そもそも容疑者である時点で、怪しい人間なのだ。「疑わしきは罰せず」とはいうものの、疑わしき人間を尊重するのはおかしい。常軌を逸した人間に対して、常識的な対応をとってはいけない。容疑者の人権を守ることが、被害者の人権を踏みにじることにつながることにつながる危険もある。


 …こーゆースタンスのジャーナリストがいるから、過去いくつもの冤罪事件が起こってしまったのだろうか? とゲンナリさせられた。デンマンさんが(たぶん)実在しないのが唯一の救いかな。冤罪に関しては警察の発表を鵜呑みにして垂れ流したマスメディアの責任もまた重大なのだ。自らが加害者にも被害者にも容疑者にもならないと信じ込んでいるまことにハッピーな考え方、と溜息が出るばかりだ。「常軌を逸した人間に対して、常識的な対応をとってはいけない」というのも凄いなあ。一体誰の話をしているんだ。



 P.111よりデンマン氏の話。

 もちろん、実際に刑事がカツ丼をおごることはないだろう。容疑者に対する利益供与になるからだ。しかし、相変わらずドラマでこうしたシーンが繰り返されるのは、国民が“浪花節”を求めているからではないか。


 現実とフィクションをゴッチャに(以下略)。「取調べでカツ丼」については岡山県警公式サイトを参照。考えてみればそっちの方が合理的だしね。



 …いやー、いろいろとビックリさせられる文章だった。袴田事件における凄惨な取調べとかPC遠隔操作事件で無実の人が自白させられたのが大きく報道されてからそれほど時間は経っていないんだけどなあ。いまどき「容疑者=悪い奴」と決めつけているのにも驚いた。取調べの可視化や司法取引の導入についてはいくつかの問題点が指摘されているけれど、あまり雑な話をされても困る。それから、デンマンさんがちっともオランダ人っぽくなかったり、この匿名コラムの存在理由は何か? とか以前から感じていた疑問がわきあがってきてしまった次第である。唐沢問題がなければまず読んでないもんなあ。
 また愉快な回があれば取り上げるかもしれない。


実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [DVD]

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [DVD]

連合赤軍「あさま山荘」事件―実戦「危機管理」 (文春文庫)

連合赤軍「あさま山荘」事件―実戦「危機管理」 (文春文庫)

BOX?袴田事件 命とは? [DVD]

BOX?袴田事件 命とは? [DVD]