シー・アメリー・プレイ。
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『熱写ボーイ』3月号掲載の唐沢俊一『世界ヘンタイ人列伝』第12回は「アメリ・エリー ならず者のアイドル」である。アメリ・エリー(Amélie Élie )とはあまり聞かない名前だが、19世紀末から20世紀初頭のパリの有名な娼婦で、彼女をめぐってチンピラが争い、ついには傷害事件に発展したということが紹介されている。いわゆる「痴情のもつれ」というやつなのだろうが、これを「ヘンタイ」に入れていいものなのだろうか。
もともと、映画というのはホンの百年前までストーリィも何もなく、例えば、女が浮気した彼氏を嫉妬でブチ殺した、というような事件が起これば、それっとばかりにその現場に飛んでいって、役者にその現場で殺しの様子を再現させ、あとでさらに扇情的なセリフを字幕でつけ、速攻で上映して大衆の好奇心というニーズに応えるものだった。映画を今更また、そのような野蛮な時代のものに返すというのはいただけないが、しかし時にはこのような、原点に返った悪趣味があってもいいような気はしている。
映画そのものが100年ちょっとしか歴史がないし、実際の事件をもとにした映画は今でもたくさん作られている。『コンクリート』の公開をめぐって騒動になったのはつい最近のことだ。なお、この文章を読んで2008年11月12日の記事のことを思い出したのでリンクしておく。「朝日新聞」ヘンな書評シリーズに追加。
それから、この文章で気になるのは「映画を今更また」以下の部分で、かつて「最近の日本の漫画は洗練されすぎている」と貸本漫画やアジアの漫画を持ち上げていた人としてはどうなのか?と思ってしまう。唐沢俊一にとって「悪趣味」ってどの程度の存在なんだろうか。
こういう、犯罪のメディア化の代表と言われているのが、世紀が20世紀と変わったばかりの1902年、パリで起った“カスク・ドール事件”と呼ばれる事件だった。
カスク・ドールとは“金髪”を意味するフランス語である。
アメリ・エリーのあだ名が「カスク・ドール」だったわけだが、カスク・ドール(Casque d'or )は「黄金の兜」という意味である。アメリ・エリーは金髪を独特の形に結い上げていたことから「カスク・ドール」と呼ばれていたのであって、単に「金髪」としてはいけない。
この源氏名を持つパリの有名娼婦をめぐって巻き起ったヤクザ同士の争(原文ママ)であって、この事件をめぐってはシャンソンが作られ、芝居が作られ、阿部定のときと同じように本人が主演すると報じられると、世間に一大センセーションが巻き起り、当時の警視総監の名で上演禁止の措置がとられる騒ぎになった。彼女は自叙伝を出し、新聞のインタビューに応じ、一躍パリの大人気ものになった。
今回のコラムで一番不思議なのは、「カスク・ドール事件」が後に映画化されたことを唐沢俊一がスルーしていること。ジャック・ベッケル監督、シモーヌ・シニョレ主演の『肉体の冠』(原題はまさに“Casque d'or ”)である。「犯罪のメディア化」というならこの映画にも触れとかないと(ただし映画には事実と異なる部分がある)。ちなみに、『ぼくの採点表Ⅰ』(トパーズプレス)で双葉十三郎は『肉体の冠』に☆4つという高評価を与えつつ、このように書いている。同書P.651より。
お客が来そうな題名をつけるのはやむを得ないが「肉体の冠」とは何であるか。駄洒落のセンスで考えてみても全然わからん。折角のベッケル作品に傷をつけられたようで、ファンとしてのぼくは義憤を禁じ得ない。
うーん、『肉体の悪魔』と公開日が近かったからかなあ(『悪魔』=1952年11月、『冠』=1953年2月)。
この後、アパッシュの説明になる。『ジャパッシュ』って「ジャパン」の「アパッシュ」だったのか。じゃあ『日本アパッチ族』ってこと?
まあ、社会のクズみたいな連中ではあるが、19世紀の名残である堅苦しい上流社会に生きる人々にとり、伝統にとらわれない彼らの姿は、一種のヒーローに映ったのだろう。
「社会のクズ」という言葉を目にして「そんなこと言っていいのかなあ」と一瞬固まってしまったが、まあ「鬼畜」なんだからしょうがないか。しかし、アパッシュをもてはやしたのは上流社会の人間ではなくて一般庶民の方ではないかと思うけど。
さて、問題のカスク・ドールことアメリー・エリーは、1878年、この裏通りの喧騒の中で産湯を使ってからこっち、外の世界の空気を吸ったことがない、ちゃきちゃきのゾーヌっ子であった。
フランス版ウィキペディアでは、アメリ・エリーは1879年生まれで、オルレアンで生まれた後パリに移ってきたということになっている。また、唐沢はアメリ・エリーの恋人である「マンダ」の本名を「マリウス・プレニュール」としているが、ウィキペディアや下記にリンクしてある動画では「ジョセフ・プレニュール」となっている。
しかし、諸行無常の花の色、こんな幸せな状態は長く続かない。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」を略して「諸行無常の花の色」としていいものか。
そして、自分をめぐって争った男たちが流刑にされたにもかかわらず、アメリ・エリーがその後平穏無事な一生を送ったことについて、唐沢俊一はこのように書いている。
まあ、女とはこういうものである。
ンモー、唐沢先生ったら、本当にドンファンなんだから。
いろいろ指摘してきたが、今回のネタはそんなに悪くないと思う。これからもマイナーなネタを掘り起こす方向でやっていけばいいんじゃないかなあ。まあ、「梨本勝」「丸山(美和)明宏」みたいな単純ミスはやってほしくないけれど。「アメリ・エリー」のことも「アメリ・マリー」ってやってるし。ついでに実際のアメリ・エリーを紹介しておこうか。
…現実は厳しい。
後ろでクルマが普通に走っているのを見ると笑ってしまう。
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