とにかくあたしのせいじゃない。
・藤岡真さんも「机上の彷徨」6月1日(リンク集よりどうぞ)で書いておられるが、「裏モノ日記」5月27日で取り上げられている栗本薫の訃報は実に味わい深いものだった。いや、世の中には実にいろんな人がいるものだ。
30年前、『奇想天外』誌(第二期)関係の人とよく話していた
とき、
「いま、SF業界で一番才能のある書き手が中島梓(評論家としての栗本薫のPN)」
と編集者のK氏が言い切り、私はそれを聞いて反射的に
「あんなのが一番の才能なら、僕はSF業界には行きたくない」
と吐き捨て、それをわきで聞いていたなみきたかし(当時並木孝)に
「自分より売れているからだろう」
とズバリ言われた。売れているも何も、私は当時まだ大学生で
デビューもしていなかった筈だが、しかし、自分の中の中島梓へ
の嫌悪感の由って来るところがジェラシーであること、それは
確実であった。
「デビューもしていなかった筈」もなにも、唐沢俊一がデビューしたのは1988年のことである。まさか、アニドウの同人誌に寄稿していたことや、「ぴあ」での「ガンダム論争」に参加していたことを「デビュー」と考えているのだろうか。
この後で、唐沢は百目鬼恭三郎が『ぼくらの時代』を批判していたことに快哉を叫んでいたと書き、
人間として小さい、とか卑しいとか、言わば言え。
これは自分の才能を商品にして食って行こうとする若者なら、
大なり小なり持っている感覚、持たない者はいない感覚なのだ。
この点はプロの小説家である藤岡さんに一刀両断されているが、ファンの立場から考えても、唐沢は優れた才能を見ることに喜びを覚えないのだろうか?と不思議に思う。優れた才能を見たいからこそ、何かのファンになるものだとばかり思っていたのだが。本当にSFを好きなんだろうか?もし、栗本薫の才能を認めないのなら唐沢俊一が栗本に取って代わって「SF業界で一番才能のある書き手」になればよかっただけの話だ。才能を否定したければより高い才能があるということを示せばいいのだ。…っていうか、みんながみんな自分と同じみたいに書かないで欲しい。「個人の問題を一般の問題にすりかえる」のは岡田斗司夫だけで十分だよ。
だが、彼女の出現は、あきらかに当時の文壇を大きく変えただけの
衝撃があった。文壇に、ほぼ初めて、サブカルチャーを堂々と
持ち込んだ人でもあった。
今、私含め、サブカルと文壇の間をうろちょろしているような人間は、
全てがあのとき彼女が切り開いた地で生計を営んでいる、といって
過言ではない。
文壇?「うろちょろ」っていつ近寄ったの?朝日新聞の書評委員会って「文壇」なのかなあ。
今回もいつものように栗本を貶めることを書いているが、
ときおり目にする
彼女の文章は、目を覆いたくなるほどの劣化を見せていた。
というのはそのまま唐沢本人にお返ししたい。「劣化」と呼べるほど昔がよかったかどうかはわからないが。
…しかし、読んでいて思ったのは「この人は自分の才能に自信がないのかなあ?」ということである。栗本薫の「才能」でなく「結果」に憧れていたに過ぎないのでは?とも思う。実力と願望が不釣合いな人間にありがちなことではあるが。…いずれにせよ、ウィキペディア丸写しの文章よりはずっと読み応えがあるので、これからも「俺はあの有名人に嫉妬していた!」シリーズとして連載を希望。「俺を裏切った連中」「俺を認めなかったやつら」「俺の検証をするバカ」なども可。ネガティブな感情を発揮する才能はあると思うので。
それから同じ日の日記に
NHKのYくんから電話、『アニメソングナイト』、
ハイファイでの再放送が超・高視聴率で、さっそく地上派放送が
本決まりになったとか。めでたし。
私は(家にBSがないので)まだ見てないが、水木アニキへの
最後の定義と、『グランプリ・ブギ』の選曲が評判よろし、とか。
この「ハイファイ」って何のこと?と唐沢俊一スレッド@2ちゃんねる一般書籍板では話題になっている。「ハイビジョン」のことなのだろうか?
・天羽優子先生に関しては、巻き込まれた側面もあるのであまり取り上げないようにしたかったのだが、先生のブログにこんな書き込みがあった。
Re:ノミネート本は例年だって特に売ってなかったはずだけど…… (by HAL.T)
初めまして、こんばんわ。「と学会」が、ブランドとか権威とか品質保証とかって…なんですか、それは(爆)
自分は唐沢氏の盗作騒動の時からずっと疑問でした。
「なんで、唐沢氏の著作について、岡田氏や山本氏に謝罪を要求するようなことをするのか?」と。ここで初めて全てを納得しました。
彼らを叩いている人達って、「と学会」程度のものに、すごい権力があると信じていたんですね。
確かに構成人数の多い同人で、プロの作家もいるけれど、と学会自体が「本業」なんて人はいないのに。ここを読んで、やっと腑に落ちました。ありがとうございます。
勝手に権威付けして勝手に叩いて勝手に不愉快になって…何が楽しいんだろう。唐沢氏の盗作事件を、と学会の他のメンバーが責任あるって言うのは
少年ジャ○プの作家Aがアシスタントの原稿をパクったという事件が有った時に
Aの友人で同じ雑誌で連載している作家Bに「Aの不始末に対して謝れ」
って言ってるぐらい理不尽だと思っていました。apjさんの、論理的なレスで、何もかも納得しました。
ありがとうございます。
(1)今まで10冊以上も本を出していた団体を「ブランドとか権威とか」だと考えるのは当然のことである。批判されたら「と学会はそんな大した団体じゃない」と言い出すのは卑怯である。それだったら、自分だって批判されたら「素人のブログに目くじら立てなくても」って言い逃れしたいところだ。もちろん、自分を貶めてまで安全な場所にいたいとは思わないからやらないけどね。最低限のプライドがあるのならそうするはずだ。
(2)少なくとも自分は山本会長や岡田斗司夫に唐沢の盗用について謝罪など求めていない。自分が過去に書いた文章を引いてみる。
自分は山本会長に唐沢俊一を批判しろとか「と学会」の会長として処分しろと言うつもりはない。長年の友人だから批判することはできない、というのならそれでもかまわない
…ただ、唐沢俊一が友人だから批判できないというのなら二度と誰かを批判しないで欲しいと思う。「正しさ」よりも「友人」を取るのもそれはそれで立派なことだとは思うけどね。
「と学会」の運営委員である唐沢俊一のせいでいかに「と学会」のイメージが悪くなったことか。知らん振りをしていても問題は解決しないのだ。山本会長はそろそろ態度をハッキリさせてほしい。
ほらね?自分はただ単に「唐沢の盗用についてどう考えているのか?」と聞きたいだけである。山本会長なんかだいぶ前に「長文で答える」と書いていたのに、いまだに音沙汰なしである。天羽先生だってシンプルに唐沢の盗用について答えればいいのに「自分には関係ない」「興味が無い」「責任は無い」と言うばかりだ。…いったい何をビクビクしているんだろうなあ。先生に責任がないことくらいわかってますよ。
(3)山本会長は論争になるとしばしば本質からズレたたとえ話をして「それって的確なのか?」と首を捻ってしまうのだが、“HAL.T”なる人もたとえ話がおかしい。今回の件で言えば、「いつも他人を肴にして面白おかしくマンガにしている漫画家がある事件に対してはスルーしてしまうのはいかがなものか?」というたとえ方をすべきだろう。たとえば、久米田康治とか木多康昭とかだ。彼らがスルーした場合は「何故」と思われても理不尽でもなんでもないし、唐沢問題についてスルーし続ける「と学会」に疑問が投げかけられているのもおかしなことではないのだ。
…こういうコメントが来てしまうから、天羽先生についても書かざるを得なくなるわけだ。無能な味方は敵より恐ろしいって本当だな。今回の件で気になった点を挙げてみる。
(A)まともに答える気がないのに対応するのはどうなのか?
天羽先生はブログに寄せられているコメントに対して「卑怯だ」と何度も仰っている。質問の仕方がよくない、先入観がある、とそればかり言っている。しかし、他人と会話していれば、相手の言葉に「こいつヘンなことを言うなあ」とか「何か思惑があるな」と感じることはよくあることではないか。そこで会話を打ち切ってしまえばそれまでだが、おそらくほとんどの人はムッとしながらもなんとか会話を続けようとするのではないだろうか。要は相手とコミュニケーションを取る気があるかどうかなのである。天羽先生が律儀にレスを返しているのを見て、最初は感心していたが、あれだけのコメントを応酬しているにもかかわらず、議論が堂々巡りを繰り返しているあたり、結局のところ、先生にはまともに答える気がないと判断するしかないのだ。…唐沢俊一のP&Gについて調べたかどうかも怪しいところだ。
(B)ネット上の論争のスタイルについて
天羽先生は自分の非を認めようとしない。最初に事実関係を誤認していたのも、大内明日香女史のせいにしているくらいだ。先生なら「と学会」の関係者に連絡をとって確かめることもできたのではないか?と思うのだけど。…思うに、先生には間違いを認めたら負ける、という思い込みがあるのではないか?しかし、ネット上の論争においては、論争をネット上で見守っている「観客」の眼も気にする必要があるのだ。自分の中では勝っているつもりでも他人の眼から見たらズタボロになっていることだってあるのだ。唐沢俊一も盗用事件が終わったかのように振舞っているせいで、余計に笑いものになっている。天羽先生が「自分は正しい」と思い込みたいのならどうぞご自由になさってほしいが、そんな先生の振る舞いが他人にはどう見えているか?ということも考える必要があるのではないか?と老婆心ながら指摘しておきたい。現に「トンデモない一行知識の世界2」さんは先生に失望している。
さらに、ちょいチラ裏モード。あまり天羽先生にこだわるのはどうかというご意見はあると思いますが、私にとっては、と学会の疑似科学 (ニセ科学) 批判派という方が、興味や関心の本流なんですわ。こちらの流れの人には、ちゃんとしていてほしかったというか。当然ながら、この「ちゃんとしていて」というのは、こちらの価値基準の押しつけだということは承知のうえなんですが、と学会というブランドには、何のかんのいって期待していた (過去形) がゆえの思いということで。
(C)唐沢俊一の盗用について立場がブレている
先生は最初に唐沢俊一の盗用について聞かれて、このように返答している。
唐沢俊一氏が盗作しようが、それに対する態度が見苦しかろうが、私には関係ありません。唐沢俊一氏は作家(評論家?)名乗って実際に自分の名前で仕事をしているのだから、信義にもとる振る舞いをしたことの結果をご自身で引き受ければ良いだけのことです。
…おかしな答え方である。普通は「そのことについてはよく知らないので答えられません」とか言わないか?いきなり「関係ない」「知ったことじゃない」だもの。2時間サスペンスなら間違いなく怪しまれる対応である。
それでも「天羽先生はそういう人なのだ」と思えないことはないし、唐沢俊一の盗用に興味がないというのなら仕方がない。しかし、その後、トンデモブラウさんの「唐沢問題は全くの冤罪ではない」というコメントに対して先生は同意しちゃっているのだ。…どうしてそんなことを先生が判断できるんだろう?唐沢俊一と関係ないし興味も無いんでしょ?そんなことを言って名誉毀損で訴えられたらどうするんだろう。
唐沢俊一のP&G問題を追いかけていると、外部からの指摘にまともに対応することもできずに陰口を叩いている人(例:唐沢俊一)や形勢が悪くなるとキレる人(例:山本弘会長)に出くわして、なんともいえない気持ちにさせられるのだが、今回の天羽先生についても同じような気持ちになった。自分より年上の人が「自分は悪くない」一点張りでいるのを見て小学生の頃を懐かしく思い出した。瞳を閉じたって世界はなくならないのにね。これからは気をつけていただきたい。
とりあえず、天羽先生は「唐沢俊一に興味がない」と考えているということにしておくので、今回の件はお気になさらずにどうぞご自分の活動を続けてください。もちろん唐沢の盗用問題についてアクションをとらなくても全然かまいませんよ。
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