とても良く似てるんじゃがー。
唐沢俊一『キッチュワールド案内』(早川書房)P.188〜189より。
作家のH・G・ウエルズは、深く豹に魅せられた一人だった。ウエルズの小説にはしばしば豹が登場する。『塀についた扉』という短篇で、主人公のライオネル・ウォレスは、子供の頃にふと、壁にいつのまにかついていた扉を見つけてそれをあけ、その向こうの幻想の国へ迷い込んでしまう。
「そこには二匹の豹がいた……そう、まだらの大きな豹だ。しかし少しも怖くなかった。大理石の縁どりをした花壇が両側に続く長い道があって、二匹のビロードのような艶のある豹たちがそこでボールに戯れていた。一匹が顔をあげてぼくのほうへ近づくと、その柔らかな丸い耳を、ぼくの差し出した小さな手にこすりつけ、咽喉を低くならすのだった。それは魔法の園だったのだ」(橋本槙矩訳)
ここでの豹は、オトナになることで堕落してしまう(幻想の国への扉が見つけられなくなってしまう)人間と違い、永遠に幻想の世界の、すなわち汚れない子供の世界の住人として描かれている。豹は純粋のシンボルでもあるのだ。そして、その一方で、オトナを堕落せしめる悪魔の衣装でもある。
若島正京都大学教授がH・G・ウェルズについて論じた文章より。
さて、オールディスのウェルズ論として最後に紹介したいのは、一九八六年に開催されたウェルズ国際シンポジアムで、ウェルズ協会副会長として彼が行なった「ウェルズと豹女」と題する講演である。
(中略)
彼はウェルズの小説にしばしば現れる豹やチーターやピューマに注目する。とりわけ印象的なのは、傑作短篇「塀についた扉」で、主人公のライオネル・ウォレスが子供の頃にふと壁の向こうの桃源郷に迷い込んでしまう次の場面である。
そこには二匹の豹がいた……そう、まだらの大きな豹だ。しかし少しも怖くなかった。大理石の縁どりをした花壇が両側に続く長い道があって、二匹のビロードのような艶のある豹たちがそこでボールに戯れていた。一匹が顔をあげてぼくのほうへ近づくと、その柔らかな丸い耳を、ぼくの差し出した小さな手にこすりつけ、咽喉を低くならすのだった。それは魔法の園だったのだ。(橋本槙矩訳)
(中略)
オールディスによれば、進化の結果として退行する可能性をはらんだ人類と比較すると、豹は進化の及ばない動物であり、それゆえユートピア幻想と密接に結びついている。しかも、この豹が官能的なのは、自由なセクシュアリティを謳歌する獣としての姿が、自由恋愛を希求するウェルズの願望を投影しているからだとも言う。もちろんここでわれわれが思い出すのは、『モロー博士の島』に登場するさまざまな獣人たち(その中には「豹男」もいる)であろう。人間と獣というテーマに関して、オールディスは獣人の中にも人間性が認められ、逆に主人公のプレンディックが人間社会に戻ったときに周囲の人間たちの中に獣人性が認められるという逆転関係を指摘し、このように謎めいて奇怪なイメージを創造しえた点にウェルズの最大の独創性を見ている。そして、ウェルズの創作最盛期のみならず晩年に至るまでの、今では誰も読まなくなったような作品も丹念に渉猟して、そこに豹のイメージを追いかけ、生涯にわたって獰猛に生きようと夢見ながら、ついに「塀についた扉」を二度と発見することはできなかったウェルズの姿をはっきりと定着させるのである。
「オールディス」というのは、ブライアン・オールディスのこと。『地球の長い午後』は面白かったなあ。
それにしても、唐沢の文章と若島教授の文章は実によく似ている。唐沢の「豹」の解釈は若島教授と比べてだいぶザックリしてるけど。なんてったって引用部分がまったく同じなんだから驚いてしまう。引用されているのはライオネル・ウォレスのセリフなのだが、実はあの後にも続きがあるのに、両者がまったく同じ部分でカットしてあるのが不思議。それに『塀についた扉』の訳者の名前は正確には「橋本槇矩」なんだけど、どっちも同じ表記だしなあ。うーん。
ちなみに、若島教授の文章の初出は『SFマガジン』1996年11月号で、ネット上には1998年10月20日に掲載されている。一方、『キッチュワールド案内』は『SFマガジン』に1999年1月から2001年11月まで連載されたものをまとめたものである。…どっちの文章も『SFマガジン』に載っていたというわけだからどうにも奇妙な話である。
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