ぼくの不安を救ってくれなかったデマ本へ・その3
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唐沢俊一の新刊『トンデモ非常時デマ情報レスキュー』(発売:コスミック出版、発行:ブリックス株式会社)の表紙にはこのような惹句が書かれている。
情報洪水!のネット時代に
情報ストレスから身を守る!
サバイバル情報制限術を
あの雑学王!唐沢俊一が伝授!!
エクスクラメーション・マークの多用が『特攻の拓』を思い出させるが、本の表紙を見る限り「サバイバル情報制限術」なるものを教えてくれるんだろうな、と思うはずである。また、ブリックス株式会社の公式サイトでは『トンデモ非常時デマ情報レスキュー』を次のように紹介している。
出版に先立ち発生した、今回の震災時の情報の混乱した状況を重く見て、特に情報選別がせまられる緊急時の対処を重要なポイントとして視野に入れ、緊急時の情報選別にスポットを当て、緊急時の情報への対処法を内容とする。緊急時の情報選別に関して、具体的には、震災時の情報の混乱を取り上げ、そのメカニズムとそのときの対処法を根本から解説する。
また、特に唐沢氏が長年テーマとしてきた、流言=デマにスポットをあて
なぜこの時期に発生し、しかも、またたく間に大規模に広がり、
しかも多くの信じてしまう人が出てしまったのか?
(これはもう震災の二次災害ともいうべき、情報災害となってしまった)を具体例をあげて(もちろん唐沢氏=と学会お得意の「とんでも流言・デマ」を多数紹介。)詳しく解説。そして本書の真骨頂、緊急時の情報整理の考え方を伝授する。
藤岡真さんも指摘されているように、「緊急時」「情報選別」と何度言ってるんだ、という感じだが、表紙の惹句とあわせて考えると、発行元は『トンデモ非常時デマ情報レスキュー』はデマへの対処法をレクチャーした本である、とアピールしたいのであろう。
そこで、本の中で書かれている対処法、もしくは役に立ちそうな情報を以下に挙げていく。
・震災の日から24時間チェックした結果、一番信頼できる情報元はNHKだとわかった(P.116)
・デマを流すことは人間の自己防御本能であると受け止め、自分のところでデマを止める勇気を持つことが大事(P.126)
・デマやファシズムへの最良の対抗手段は、シャレにならないデマをシャレになっているデマに直して流すこと(P.149)
・自分の中に恐怖心があって当たり前だと認める(P.180)
・陰謀論やデマが出ることを「見込みロス」として考え、「心の中の遊びしろ」を持つことが大事(P.187、189)
・あまりにもできすぎた、短くまとめられた話には注意すべき(P.196)
こんなところ。…うーん、本全体を通じてこれだけというのは少ない気がする。この本自体、「デマへの対処法」よりは「デマ・陰謀論の本質」の方に多く分量が割かれているのは明らかである。ブリックス株式会社の紹介文には「と学会お得意の」ともあるから、下手にビジネス書っぽく見せかけるよりもサブカル本であると開き直った方がよかったのではないか。サブカル本として成立しているのか?という問題はさておき。
…で、この対処法って役に立つのかなあ? ほとんどが「気持ちの問題」でしかないような気がする。唯一面白そうな「シャレになっているデマに直す」にしても、では今回の震災や原発事故に関してどのようなシャレを言えばいいのか、というのは示されていない。ただ、似たような話は紹介されている。P.166より。
例えばトンデモさんが「誰と誰は完全な御用学者だ」と言うと、そうか、となる。そして「これは何とか先生の敵です」とうことで、また拡散希望をネットで流す。
僕の知り合いで、と学会員でもある菊池誠という教授がいます。この人は今回の震災では、ずっと「原子力はそこまで心配するほどのことにはなっていない」と言い続けていました。そして原子力を危険と考える人たちが「御用学者ナンバー1」を決めるというネット投票があったとき、その菊池教授が、見事一位になりました。
一位になった理由は、菊池先生の友達が、「面白いから菊池先生を一位にしよう」と画策したから。これが遊び心、デマの“昇華”ということです。
…これ、「昇華」になっているのかなあ? 事情を知らずにネット投票を見た人が「菊池誠という人は御用学者なのか!」と思っちゃうかもしれないわけで、菊池先生に悪影響が及ぶ可能性もあるのでは。
個人的には、「御用学者」を批判する人を「トンデモさん」と決めつけたり、「原子力を危険と考える人」がデマを流しているかのように書いているあたりに、唐沢俊一の本心が無意識に表れているようで、正直なところ菊池先生への集団投票よりもずっと面白かった。
というわけで、唐沢俊一の示した対処法が役立つものであるか、かなり疑問である。それどころか、本書の中で見られる唐沢のデマへの対処法に関する考え方がどうにも奇妙なので、まともな対処ができないのも無理はないとすら思えてくる。まずはP.114より。
そこで、ネットというものが「これは本当に必要なもので、あってよかった」と思う反面、その日のうちにデマが流れ始める、という事実にも直面しました。千葉のガスタンクが爆発して化学物質が降ってくるという、アレです。それが今回の震災における、ほぼデマ第一号(原文ママ)だったと思います。ただし「LPガスが爆発して化学物質が降る」という情報は、追調査をする必要も無く、非科学的なことだとはっきり分かります。それで「それはおかしい」という“火消し”をする必要も無く、すぐに消えていきました。
荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)には、この「製油所の爆発によって有害物質が降り注ぐ」というデマに対して、行政やコスモ石油だけでなく一般の人がネット上でデマを否定したおかげで徐々に沈静化していった様子が記録されている。唐沢の言い分に従うのなら、放射能に関するデマでも明らかに非科学的なものは放っておけばいい、という話になりはしないか。
もうひとつ、P.219〜220より。
デマによるパニックの研究の古典とされているハドリー・キャントリル『火星人の侵入』は、かのオーソン・ウェルズのラジオドラマ『宇宙戦争』を聞いた人々が、これが真実の火星人の攻撃と思い込み、パニックを起した事件(1938年)のことを扱っていますが、この番組を聞いている人々がパニックで暴動を起こしている、と知った各放送局は、番組を中断して、何度もこれがフィクションに過ぎないということを説明したといいます。
しかし、それらの“正しい”情報は、いったん“誤った”情報を信じ込んでしまった人には、何の情報精査の助けにもならなかったのです。
パニックが強迫観念によって起こるものです。そして、やっかいなことに、その強迫観念からくるパニックを防ぐためには、理性による観念の緩和ではなく、別個の強迫観念を持ってきてそれを打ち消すしかない。
非常時の際にデマ、陰謀論が蔓延するというのは、もう助からない、日本はダメかも、という強迫観念を、陰謀論という別の強迫観念で打ち消しているともいえるわけです。
まず、ハドリー・キャントリルの著書の邦題は『火星からの侵入』(川島書店)である。あと、唐沢はこの本をちゃんと読んだのかな?と思う。だって、本の中では他のラジオ局が普段通りの放送をしていたので『宇宙戦争』がラジオドラマであることに気付いたケースが複数紹介されているし、オーソン・ウェルズの声を聴いてラジオドラマだと気付いたケースも紹介されている。ちょっとしたきっかけで誤情報に気づくことは可能なのだ。「別個の強迫観念」など持ち出す必要はない。…どうやら、唐沢俊一はデマを対処するのに向いていないようだ。
…というわけで、本書からデマに立ち向かうヒントを見つけるのは非常に困難なのだが、それでも本文の締めくくりには何かしら有意義な意見が書かれているのではないか? いかなる時にも希望を捨ててはいけない。早速P.209〜211を見てみよう。
震災、原発事故が起こった時に、私は自分のネットサイトの日記に、文化人、つまり言論的に影響がある人達は、今は少し沈黙をしようと呼びかけをしました。
すると、週刊誌がそれを見てインタビューに来てくれました。
その時に話したのは、「専門家であれば、発言に重みがあるだろうけども、我々素人が原子力のこと、原発のこと、政府の対策のことなんて発言しても、それは群盲が象を撫でるようなものだ。しかも、ある程度マスコミで発言力がある人の言葉は、より混乱を招くことになりかねない。実際なっている例もある」という趣旨のことです。今ここで我々ができるのは、様々な立場からの専門家の意見に耳を傾けるべきではないか、ということを言ったのです。
そして、そろそろ私たちの出番になってきています。
それはなぜかというと、私は20年間トンデモ本の研究をしていて、デマや陰謀論、あるいは風評について、理論の研究もしているし、実例も見ています。それらについて専門家として発言ができるわけです。
震災以降、ネット、マスコミの中で様々な噂が飛び交い、日本を代表する週刊誌でさえ、こちらでは「放射能にはそんなに怯えるな」、こちらでは「放射能は実はもっと危ない」というように、主張が全く逆の立場にわかれている状況です。どちらだってベテランの人達が作っているわけだし、かなりの数の専門家にはインタビューしているはずです。なのに、こんなにはっきり色分けができるというのは、おかしい。
これは、「どちらかが嘘を付いていて、どちらかが正しい」ということではありません。「どちらも正しい、どちらの言うことにも一理ずつある」と、受け止めるべきなのです。
世の中とはそういうものだということが、私が本書で皆さんに一番伝えたかったことです。
…えーっ。200ページ以上費してこの結論? この本が作られたきっかけになったという「時には沈黙を」と一体どれだけの違いがあるというのか。本書における唐沢の考え方が偏っていることは何度も指摘しているが、それなのに「どちらも正しい」とか言われても。話の流れも定まっていないし。唐沢は「そろそろ私たちの出番」と説いているが、そもそも「私たち」って誰なのか。読者はデマの専門家ではないし、デマに詳しければこの本を手に取ったりしない。それ以前に唐沢俊一がデマや陰謀論の専門家かというと…。
これだけでは何なので、あとがきからも引用してみる。P.223〜225より。
なぜ、陰謀論に進んでハマる人がいるのか。アメリカの心理学者エレイン・N・アーロンの著書『ささいなことにもすぐ「動揺」してしまうあなたへ』(中略)によると、人類のうち2割は危険に対して過敏な反応を示してしまう遺伝子を持っているとのことです。アーロンは、これは、人類と言う種族全体に対する生命維持の警報器の役割をしているのだと主張しています。人類の存続に対し、ささいなことにでも危険信号を発し、大騒ぎする(しないではいられない)人々が存在する。そういう人間たちがいることにより、種族全体に警告を発する役割を果たしているのですね。
陰謀論にハマり、それを唱えてやまない人々の大部分は、そういうカナリヤの能力(引用者註 いわゆる「炭坑のカナリヤ」)を持っていることで、一般生活のレベルから見ればうるさいだけですが、実は人類という種族全体にとって、必要だからこそ、遺伝子内に、すでに生れたときから“陰謀論を信じる才能”というものを持ち合わせているのだと思うのです。
ただし、アーロン博士の言うには、その割合が2割を超してしまうと、今度は種全体が閉鎖的になり、発展も冒険も出来なくなって滅亡、絶滅に至るとのことです。あくまでもその全体に対する割合が大事。だからわれわれが非・過敏族は、原発事故や大規模テロといった非常時における、彼らの(陰謀論にまで突っ走ってしまう)過敏対応には寛容でなくてはならないと思います。同時に、その割合が2割を超すことの内容、常に監視を怠ってはならないわけなのです。
これが本当の締めくくりである。…いや、いよいよわけがわからない。最後の最後で陰謀論者を持ち上げてきた。
どうしてこうなったか?を自分なりに整理してみると、唐沢俊一は本の中で「デマは決してなくならない」として、前回の記事で取り上げた「カタストロフィー待望論」のようにデマにもある種の効用があるかのように論じていた。そこから、デマに効用があるとしたら、デマを流す人間にも何らかの役割があるはずだ、という考えに至ったということではないだろうか(もうひとつ別の捉え方があるが、それは次回説明する)。
しかし、唐沢の考えに適合する事実は本当に存在するのだろうか? 一般人より敏感だから陰謀論にハマる、というのも疑問だし、陰謀論者の流すデマが人類の存続に役立っているのだとしたら、たとえば「ユダヤ陰謀論」なども役に立っているのだろうか。いずれにせよ容易には頷けない話である。
それに加えて、唐沢俊一が『ささいなことにもすぐ「動揺」してしまうあなたへ』を読んでいるのかも怪しいところである。『ささいなことにもすぐ「動揺」してしまうあなたへ』P.47より。
これはあくまでも私の想像に過ぎないが、すべての高等動物に一定の比率でHSP(引用者註 High Sensitive Person=とても敏感な人)が含まれているのは、種の中に、つねに微妙なサインを察知するものがいると便利だからではないだろうか。隠された危険や新しい食物、子供や病人のようす、他の動物の習慣に対してつねに敏感なものが一五から二〇パーセントほどいるというのは、ちょうどいい比率なのかもしれない。
もちろん、そこまで敏感でないものがグループにいることも大切なことだ。彼らは特に考えもせずに突進したり、新しいものを探ったり、勇壮に敵と戦ったりする。
どの社会も両者を必要とする。もしかしたら、それほど敏感でない者の数のほうが多めに必要なのかもしれない。というのは、彼らは死んだり、殺されたりする率が高いから!
出だしからずっこける。「想像に過ぎない」のかよ! そんな話を引っ張ってくる唐沢も唐沢だ。…っていうか、唐沢は「みんみんゼミ&ビブリオテーク」の書評しか読んでないんじゃないか?という気もする。「警報機(器)」「種全体が閉鎖的」と本に出てこない表現が重複して出ているし。…またしても、いつものパターンなのかな。
これまで3回の記事を通じて、『トンデモ非常時デマ情報レスキュー』で論じられているデマ・陰謀論の本質およびデマへの対処法について紹介してきた。「カタストロフィー待望論」「陰謀論者は炭坑のカナリヤ」など毎回斬新な説が出てきて驚かされるばかりだ。最終回では本全体にちりばめられた小さいネタを紹介しつつ、『トンデモ非常時デマ情報レスキュー』という本についてまとめてみたい。
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