唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

東京案内せんか?

またはガセは言ってみりゃボディー・ブロー。


 昨日取り上げた「未来日記」、9日分を7日分だと間違えてたみたいで、現在は直ってますブログに移行しようよ。

 唐沢俊一スレッド@2ちゃんねる一般書籍板で、ウィキペディア杉本五郎の項目に

著作家唐沢俊一は、アニドウでの上映活動を通じて杉本を知ることになり、杉本を収集家としての師匠と仰ぐ

という記述があったこと(現在は削除)が話題になっているけど、唐沢俊一は平山亨のことも師匠と呼んでいる。『オタク論2!』(創出版)P.173より。

私の師匠の平山亨も、80歳過ぎてまだ仕事人間だけど、家ではやはり居場所がないらしくて(笑)

…唐沢は平山亨から何を学んだんだろうなあ。すぐ「師匠」と呼んだり、関係のある劇団やTV番組を「うちの〜」と呼んだりするのは一体どういうことなんだろうね。


 では、本題。『東京人』2010年1月号では「東京23区がわかる本」という特集が組まれていて、著名人が自分と関係のある区についてのコラムを執筆しているのだが、その中で唐沢俊一「渋谷区」を担当している。唐沢本人の紹介文

創刊したとき、ずいぶんと地域限定的なイヤミな
タイトルだなあ、と思ったものでしたが、その後
ずっと東京住いで、いつの間にやら故郷より東京
暮しの方がずっと長くなってしまいました。

故郷の町の様変わりより、東京の変貌に切なさを
感じる今日このごろ。

そんな思いを込めて、25周年記念号に、つい、
このあいだ引っ越したばかりの渋谷について書か
せていただきました。

お目にとまったらどうか、読んでみてくださいませ。

 「イヤミなタイトル」だと感じたのは、1986年に『東京人』が創刊された時に、唐沢が東京にいなかったからだろう。なお、「東京暮らしの方がずっと長く」については「トンデモない一行知識の世界」を参照。
 それでは、唐沢のコラム「雑踏に渦巻く無秩序の力。」を見てみよう。P.80より。

 「渋谷ほど歩きにくい街はない」と、よく聞く。東京が好きで、都心の至便さ郊外の鄙び、いずれも愛している、という人であっても、“渋谷だけは例外”とばかりに口をきわめてののしる場合が実に多い。十年にわたって渋谷に住んでいた身として、まことに肩身が狭い思いをすること、しょっちゅうだったのである。“歩きにくい”という意見は、ハチ公口から出て交差点を行くときの、これは正直な感想かもしれぬ。およそ新宿であれ銀座であれ、他の地域ではいかに雑踏を極めたりとはいえ、おのずとそこには暗黙のルートというものがあり、人は自然とその流れを作り、それに歩みを預けてさえしまえば、まず人とぶつかることなどない。
 ……ところが、渋谷という街には、ことにハチ公口からセンター街に向う通りにおいては、その、“自然な流れ”というものが皆無なのである。パルコへ向う者、東急ハンズに向う者、NHKホールを探す親子連れ、あと、かなり多いのが別しての目的もなく、ただあのあたりをブラブラして、何か面白いことはないかと時間をつぶしている暇人たち、それぞれが己が目的のみを念頭におき、歩くスピードもまちまちなら視線すら定まらず、あちこちに神経を分散させつつ歩を進めている。センター街の交番付近などは車両も通行する道なのだが、およそ通行人でそのことを気に留めている者など誰一人いない。

 スクランブル交差点ってみんなそんなもんなんじゃないか?と身も蓋もないことを考えてしまったのだが、それはさておき。
 ハチ公前交差点ってそんなに歩きにくいかなあ。「どこへ向かっていくか」を決めていれば苦労しないと思うのだが。ただ、信号待ちの間の「位置取り」を間違えた場合には苦労するけれど(たとえば、JRの改札を出て、Bunkamuraに行くつもりだったのに、うっかり正反対の宮益坂の方向に「位置取り」してしまうとか)。あと、少し気になったのは、パルコと東急ハンズNHKホールはハチ公口から見て全部同じ方向なんじゃないかと。…まあ、「渋谷は歩きにくい」と考える人の方が多数派なのかもしれないけどね。もしかすると俺は吉祥寺サンロードを歩くときの箕輪はるか並みの超絶テクニックの持ち主なのかもしれないし。角野卓造じゃねぇよ(それは春菜)。
 個人的な話を続けると、ハチ公前よりはむしろ新宿駅東口の方が歩きにくい。アルタ前などは人が多すぎて詰まってしまうことがあるしね。だから、「渋谷は歩きにくい」ということを否定するつもりは無いのだが、唐沢のように渋谷だけが特殊であるかのような書き方はどうかと思う。新宿や池袋だって歩きにくいといえば歩きにくいだろう(先程名前を出した吉祥寺サンロードもなかなか歩きにくい)。

 ……そもそも、東京の現在の繁華街というのは例外なく、戦後の闇市をその母体としている。敗戦の焼け跡の中から、人間の生への欲求と食、物への欲望、そして、“何か面白いことはないか”という好奇心、それらのものが渾然一体となってカオスのパワーを生み出し、そしてその発生源が闇市だった。

 銀座と六本木は例外なのではないか。六本木は戦後進駐軍が駐留したことで外国人向けの店が多くなったわけで。

 その闇市的なパワーを、最も今に残している街が渋谷だと思う。闇市を徘徊していた頃の人々は、きっと今と同じく無秩序に歩いていたに違いないのだ。あの、良識人からは眉を顰められる無秩序さこそ、渋谷が持っている最大の財産ではないかと、今にして思う。
 渋谷も変貌していく。私が住み、働いていた十年の間、愛着を持っていた古い店々が、最後の一年でドミノ倒しのように次々姿を消していき、ついに今年(〇九年)、私は渋谷を去ることを決意した。しかし、あの雑踏がまだ残っている。あの“歩きにくさ”を再び味わいたくなったとき、私の足はいくぶん軽く、渋谷の方に向いているに違いない。

 なんだかカッコいいなあ。まあ、ハチ公前交差点が「闇市」だというのはビックリしたし、「良識人」がスクランブル交差点や闇市を見て眉を顰めるのかどうかはわからないけれど。それに、「無秩序」を褒め上げる「良識人」というのも、昔から一定の割合で存在しているのであって、唐沢俊一という人も実はそういう人なのではないか?と最近なんとなく考えている。本人は過激なことをやっているつもりでも、実はそんなんでもないんじゃないかと。この辺のことはあらためて考えてみるつもり。


 ちなみに、唐沢は『創』2008年4月号の『オタク対談』で次のように語っている。

ちょうど『東京人』からそういう企画の話が来ているんですよ。「路地裏を通るバスに乗って……」みたいな内容の。

 この企画は実現したのだろうか。2008年には検証を始めてたけど、そのような記事を読んだ覚えが無いので気になる。


・「コミックマーケット77」3日目(12月31日)、「西1ホール り-42a」で、サークル名「西理研」で参加します!

『唐沢俊一検証本VOL.1』、通販受付中です。タコシェの店頭でも販売中です。


LIFE

LIFE

東京人 2010年 01月号 [雑誌]

東京人 2010年 01月号 [雑誌]

東京アンダーワールド (角川文庫)

東京アンダーワールド (角川文庫)