ハリーのしっぽの災難。
『薬局通』P.218
あと、時代を感じさせるクスリとしては医薬品ではないが口中清涼剤『カオール』というのがあります。これも明治時代からある古いクスリだが、この単なる仁丹の兄弟分のようなシロモノが一世を風靡したことがある。
これは一九〇八年、かのハレー彗星が地球に接近してきたとき、この彗星の尾が地球に触れてその影響で伝染病が蔓延する、というデマがたった。このデマは日本デマゴーグ史上に残る大デマだったが、さらにデマに屋上屋を架するデマとして、そのときはこの『カオール』をのんでいれば助かる、というウワサがパッと全国にひろがった。一九〇八年といえば明治四十一年、まだ衛生観念が国民に普及していない時代。伝染病といえば消毒、というのが知識人には常識でも庶民にはその消毒ってものがどういうことかわからなかった。カオールを口にふくんだときのスーッという感じが、ナンとなく消毒とむすびついたのだろう。
ハレー彗星がおよそ76年ごとに地球に接近することはみなさんご存知のはずである。そして、1986年に地球にやってきたこともみなさんしっかりと記憶されているはずである。…あれ?1986年の76年前といえば、1910年じゃないか。どうしてこんな間違いをするんだろう。ちなみに、『薬局通』でも紹介されている当時の『カオール』の新聞広告。
さらに、「デマに屋上屋を架するデマ」とあるが、「屋上屋を架す」(本来は「屋下屋を架す」)とは「重ねてムダなことをする」という意味なので、唐沢の書き方だと、ハレー彗星が伝染病を蔓延させるというデマだけなら有意義であるかのように読めてしまう。この場合は「火に油を注ぐ」でいいんじゃないかと思う。
それから、「カオール」は川端康成『伊豆の踊子』に登場することでも有名なのだが、どうしてこのことについて触れられていないのだろう。まあ、別に紹介しなくても構わないのだが、マニアックな情報を紹介したのに、それよりもメジャーな情報をスルーしてしまうと、もしかするとマニアックなことには詳しいけど基本的な教養が不足しているんじゃないか?と余計な疑いを招くおそれがあるので、気をつけたほうがいいだろう。
※追記 kokada_jnetさんのコメント、唐沢俊一スレッド@2ちゃんねる一般書籍板で、1910年のハレー彗星接近時に広がったデマは、「彗星の接近によって窒息してしまう」というものであるとのご指摘を受けた。「伝染病が蔓延する」というデマもあったかも知れないが、どうして「窒息する」という多数説を説明しなかったのか。思うに、これは「カオール」が売れたことを合理的に説明するために、あえて「伝染病」説を採ったのではないだろうか。しかし、これは余計なことであったと思う。何故なら、「窒息する」説でも「伝染病」説でも、口中清涼剤で防げるものではないのだ。それなら、より荒唐無稽な「窒息する」説を紹介したほうが面白いのではないか。ついでに書いておくと、彗星接近時に売れた薬としては、「カオール」より「ゼム」が有名らしい。
もうひとつ、粗忽亭主人さんのご指摘を受けたが、「デマゴーグ史上」というのは誤り。「デマ」というのは「デマゴギー」の略で、「デマゴーグ」というのは「デマ」を流して民衆を扇動する人間のことである。
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