唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

小人の魔法使いのことではない。

唐沢俊一『薬局通』(ハヤカワ文庫)P.196

また、歌舞伎に外郎売りというのがある。早口で売り立ての台詞をいう薬で、この外郎は透頂香ともいい、一種の口中清涼剤であった。名古屋名物のあの餅菓子は、外見がこの外郎に似ているところからそう名付けられたのである。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に、菓子と間違えて薬の外郎を食べてしまった弥次郎兵衛と喜多八が、
「ういろうを餅かとうまくだまされて こは薬じゃとにがいかほする」
狂歌をひねる場面がある。

 この文章を読んで真っ先に疑問に感じるのは、薬の外郎外郎餅の外見が似ているというところだ(また、色が薬と似ていたから」という説も有る)。餅に似ている薬ってあるのだろうか?しかも「一種の口中清涼剤」である。チューインガムみたいなものなんだろうか。
 こういうときは実物を見てみるに限る。外郎餅のほうはみなさんご存知だろうから、薬の方を見てみる。…どう見ても餅には見えない。したがって、「外見がこの外郎に似ているところからそう名付けられたのである。」というのはガセということになる。外郎餅というのは、外郎薬を売っている外郎家がお客に振舞っていたお菓子が評判となり、後に薬と一緒に売り出すことになったものである(詳しくはここを参照)。
 さて、そうなると、弥次さん喜多さんが薬とお菓子を間違えて食べてしまったというのもおかしくなっている。いくら二人がうっかり者とはいえ、そんな勘違いをするとは考えにくい。というわけで、『東海道中膝栗毛』から問題の場面を引用する(岩波文庫版上巻100ページより。なお、一部表現を変えたところがある)。

弥二「これが名物のういろうだ」
北「ひとつ買て見よふ。味(うめ)へかの」 
弥二「うめへだんか。頤がおちらあ」 
北「ヲヤ餅かとおもつたら、くすりみせだな」 
弥二「ハハハハハ、こうもあろふか」
ういろうを餅かとうまくだまされて こは薬じやと苦いかほする

 これは薬を飲んではいないのではないか。喜多(北)さんはお菓子の店だと思って店に行ったら「ヲヤ餅かとおもつたら、くすりみせだな」と驚いているのだから。そして「苦いかほする」とは、苦い薬を飲んだわけではなく(「口中清涼剤」が苦いのだろうか?)、名物のお菓子を食べ損ねてガッカリして「苦い顔をする」ということなのだろう。薬と餅を勘違いして食べることが考えにくい以上、このように解釈するのが妥当である。

追記 江戸時代の書物『和漢三才図会』には、外郎薬が「黒色・方形」であり、薬と餅の外見が「やや似ている」として、餅菓子に「ういろう」の名前がついたとしている。つまり、「外見が外郎薬に似ているからういろうと名付けられた」説の元は『和漢三才図会』ということになる。