唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

おめでとうございます。

復ッ活ッ!
「トンデモない一行知識の世界」復活ッッ!
「トンデモない一行知識の世界」復活ッッ!

 というわけで「トンデモない一行知識の世界」さんが復活されました。リンクも直しておいたのでそちらからどうぞ。今までの記事に貼ってあるリンクもおいおい直していきます。夏コミで出す本で『トンデモ一行知識の世界』『逆襲』のガセビアも紹介するつもりなので、その際はご協力をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

・で、夏コミの申し込みをしてきました。今回は第1弾ということで、ガセビアの中からわかりやすいネタを紹介していこうかなと思っています。第2弾でガセビア上級編&盗用、第3弾で「ガンダム論争」などのオタク史検証をやろうと思ってますが、まあ、そう考えているという話なので。…第3弾が飛びぬけて濃くなりそうだけどw もし、落選しても、本だけは夏までに作って、通信販売をやってみるか、別のイベントに参加するつもりです。

・さて、復活した「トンデモない一行知識の世界」さんの最初のネタが面白いので便乗してみる。
 唐沢俊一は渋谷から神保町まで「半蔵門線で一本じゃないですか」と言っているのだが、半蔵門線が神保町を通るようになったのは1989年のことなので、唐沢俊一が青学に入学した1978年には半蔵門線で神保町に行ける筈がないのである。で、青学から神保町に行くんだったら千代田線(表参道→新御茶ノ水)だろう、ということになっているんだが、なんで唐沢はわざわざ青学を関係させるんだろう?と思う。だって、唐沢俊一が当時下宿していた阿佐ヶ谷(これは「ガンダム論争」の時の「ぴあ」の投稿欄でも確認できる)から神保町に行くんだったら、中央線で御茶ノ水まで行けばいいんだから。青学からでも、渋谷から新宿まで行って中央線に乗り換えればいい。だから、本当に神保町に通ってたんだったら「中央線に乗って行った」という話が出そうなもんだと思う(別の場所で書いてるんだろうか?)。なんで、神保町に通っていた人間が交通手段を間違えているんだろう?時空を歪めるのも大概にして欲しい
 あと、「最初は中央大学に行くつもりだった」と言ってるけど、中央以外にも神田には大学はたくさんある(明治・日大・専修とか)。東京に出てオタクとしてのスキルを上げたいと思っている高校生はその辺の大学に行ったらいいと思う。秋葉原にも歩いていけるしね。まあ、学業のことは保証できないけどw それから、早稲田大学の近くにも古本街があるから早稲田に行ってたとしてもまだわかる。どうしてそこに行かずに青学に行くことになったのかよくわからない。
 もしかすると、唐沢俊一は大学生当時神田の古本街の存在を知らなかったのではないか?とすら考えてしまう。本当は半蔵門線で神保町に通えるようになって以降に古本にハマるようになったから、思わずあのような発言をしてしまったのではないか?とも思える。ただ、唐沢俊一は『古本マニア雑学ノート』の中で大学の受験のために上京した時に受験そっちのけで神保町に古本を買いに行ったと書いていたから、一応神田の古本街の存在を知っていたようではある。でも、それにしては「神田に行ける状況」を本気で作り出していたようには感じられない。いや、何らかの事情で青学にしか行けなかった、阿佐ヶ谷の下宿にしか住めなかったのならしょうがないけど、大学や下宿を神田に行くために選んだというのは明らかにおかしいということだ。…どうしてこの人の自分語りはいちいちウソくさいんだろう
 結局、唐沢俊一がこんなデタラメを言ってるのは、「大学生の時古本にハマってなかった」のか「自分のことを覚えるのが病的に苦手」なのかどっちかだと思う。だって、唐沢は神保町にある名門ビアホール「ランチョン」が小川町にあると書いてるしなあ(詳しくは2008年7月16日の記事を参照)。神保町に土地鑑のある人間なら有り得ない間違いである。ちなみに、自分は最近「ランチョン」によく行くので、唐沢俊一ともいつか会うかも。それに「DAICON7」で藤岡真さんから逃げる時に不可解なルートで新大阪まで出て、藤岡さんや岸和田出身の安岡孝一先生を困惑させていたから(2008年8月26日から数日にわたって検証が行われたほどw)、もしかすると唐沢はかなりの方向音痴なのかも。…まあ、そんなウソツキ、もしくは物覚えが悪い唐沢俊一が明日から東京新聞」の「わが街わが友」のコーナーに登場するというんだから、一体どうなることやら。

唐沢俊一は最近、盗用騒ぎで不評だが、なあに、かえって免疫がつく。」

といったところか。

・「唐沢俊一vs東浩紀」こぼれ話。「後篇」がむつかしいという人がいる(長々と書いた当方の責任である)ので簡単に説明すると、
唐沢俊一東浩紀に小説の中でからかわれて、「と学会」の仲間内でブツクサ文句を言ったけど、全然小説を読めてないのがバレバレでした。それにしてもいまだに唐沢の盗用にひとことも言わない「と学会」ってなんなんだろうね」
まあ、そういうことだと思っていただきたい。山本会長のブログも更新されたけど、自分の批判は届いていない様子。コメントもたくさん寄せられて、インパクトはあったと思うんだけどなあ。山本会長の卓越した検索能力にも当ブログはひっかからないようなのでもっとがんばりたい。ニコ動が大好きな会長のために唐沢のP&Gのまとめ動画をうpできたらいいのだが…。初音ミクに何か歌わせるとか。
 
 ふと、筒井康隆との関係で唐沢vs東を考えてみた。

東浩紀=筒井、東の『存在論的、郵便的』(新潮社)を三島由紀夫賞の選評で賞賛。
東、『邪眼鳥』(新潮文庫)の解説を担当。
筒井・東「群像」2007年7月号で対談。この席で筒井は『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んだと発言。後に筒井はライトノベルビアンカ・オーバースタディ』(イラストはいとうのいぢ)を発表することとなる。なお、来月角川つばさ文庫から発売される『時をかける少女』のイラストもいとうのいぢが担当している。

唐沢俊一=筒井に無断で『バブリング創世記』を朗読する有料イベントを開催。

…ごめん、これは我ながら意地悪だ。でも、唐沢が東浩紀のオタク業界への侵入を阻止できていないのは確か。…あ、でも筒井康隆は『トリビアの泉』に出ていたじゃないか!…どうもvs東では唐沢俊一をフォローしたくなってしまうな。

※追記 ハヤタ隊員さんのご指摘を受けて訂正しました。

※追記2 藤岡真さんから『近くへ行きたい』(講談社)の中に

下宿先も、大学への道のりより、神保町へ通うのが便利な線を選んだ(中央線は御茶ノ水まで一本である)

という記述があるというご指摘を受けました。…しかし、そうなると、どうして青学なの?とますます不思議になってくるのだが。

※追記3 『トンデモ創世記』の中で唐沢に

すでに半蔵門線は開通してたかな?

と聞かれた志水一夫

ギリギリですね。

と答えているのはある意味では正しい。半蔵門線の渋谷―青山一丁目間が開通したのは、1978年8月1日なのである。青学の最寄り駅である半蔵門線表参道駅もそのときに開業している。唐沢と違って志水の記憶力は悪くないようだ。…しかし、そうなると、志水は半蔵門線で神保町まで行けないことを分かっていながら唐沢と話をしていたようにも思えてくる。

バキ―NEW GRAPPLER BAKI (No.21) (少年チャンピオン・コミックス)

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トンデモ創世記 (扶桑社文庫)

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存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて

存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて

邪眼鳥 (新潮文庫)

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ファウスト Vol.7 (2008 SUMMER) (7) (講談社MOOK) (講談社 Mook)

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涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

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