クルスの烙印。
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モザえもんさんのツイッターによると、今回のコミケで唐沢俊一は「唐沢俊一舞台脚本集」を出すらしい。
「メチャクチャ興味ある!」
と、キョンの話を聞いた後の光陽園ハルヒみたいなテンションになってしまったのだが(こんな感じ。ハルヒはかわいい)、どうしてそんなに興味があるのに今まで舞台を観に行かなかったのか、どうして未だにそんなに唐沢に興味があるのか、少し考えてしまった。にしても、同人誌ですら舞台の脚本を再利用しているところを見ると、唐沢俊一は本当に文章を書きたくないんだな…。あ、ちなみに、自分は今日コミケのおまけ本の原稿を書き上げました。完全に誰も得しない内容だけど、バカなことばかり書けて楽しかった。詳しい内容は来週あたりに。
さて、今回は唐沢俊一の書いた小説を紹介する。『血で描く』以前に書いた『幽霊のいるぼくの部屋』という短編小説についてはブログ開始一発目の記事で取り上げたけど、今回はそれよりもはるか前に書かれたものである。
1992年に発行された『未来っぽい戦争―15人のバーチャルアドベンチャー―』(TBSブリタニカ)に収録された『十字架(クルス)を抱いた渡り鳥』という短編小説がそれである。タイトルを見てなんとなく想像できるように、日活アクション映画のような世界で神学論争が繰り広げられる、という話である。たとえば、ゴロツキたちがこんな具合に口論しているのだ。同書P.74より。
「何だとォ。感覚を通して生ずるもの以外は精神のうちに存在するものはなにもないというアリストテレス以来の思想を貴様、否定しやがるのか。観念はすべて外的あるいは物質的実体によって精神に生じた印象を通してのみ、精神の内に生起するんでえ」
「世迷い言を抜かすな。そのように因果律からの一切の客観的な性質を奪い取って、基本的認識において獲得されるものすべてが印象の流れあるいは感覚与件の連合に還元されたひにゃァ、継起する現象の内で、原因と結果を導き出すことは不可能となるじゃねえか。神の観念から合理主義と演繹主義を否定されてたまるものか」
また、主人公の「アキラ」とヒロインの「ルリコ」がこんな会話をしている。P.82〜83より。
「なあに、旅を続けていれば至高の存在にめぐりあえるんじゃないかと思って、流れ者を決め込んでいるんですよ。神というものの実存的あるいは概念的存在を既存のあらゆる抽象形態との関連の否定の中において認識しようとしている風来坊です」
「すばらしいと思うわ。方法論としての形而上的論議を離れて超感覚性的存在である霊を概念実在論としての認識の流れの上でとらえようとなさっているのね。デカルトの二元論を超えて絶対的精神を本源とするヘーゲルの一元論に神性を還元しようというの?」
…キリスト教に詳しい人だったら、こーゆー話も面白いのかなあ。申し訳ないことに自分にはよくわからないので、唐沢俊一本人に聞いてみようと思う。ゴロツキの会話やラブシーンで神学論争をやるのがアンバランスで面白いと考えたのだろうか。
唐沢俊一はこの『十字架(クルス)を抱いた渡り鳥』だけでなく『幽霊のいるぼくの部屋』でも登場人物に小難しいことを言わせている。たとえばこんな感じ。
「民族共同体といったものが失われた今、たとえガジェットであろうと、人は個別の物語を選びとって、はまりこんで、そしてそこから抜け出していく過程をプライヴェートに、しかもおそらくは無限に続けていかなければならない。それが安定した制度も、共通のビジョンもない今における一つの生き方なんだ、これは新しいタイプの成長儀礼なんだ、と私などは思うわけね」
そして、こういった会話が特にストーリーにからんでいるわけでもないので、いったい何を狙っていたのかなあ、と思ってしまったのだが、もしかすると『モンティ・パイソン』みたいなのをやりたかったのか?と思ったり。要は「難しいフリをしてバカなことをする」というか。たとえば「哲学者サッカー」。
「神の実在をめぐる3ラウンドマッチ」もちょっと似ている。
…まあ、狙いが似ていたとしても面白さは比較しようもないわけだが。
個人的に気になったのは、日活アクション映画の世界をやろうとしている割りには、あまり「らしさ」が感じられない点。…いや、俺は日活アクションはわりと好きなので気になってしまったのですよ。
まず、最大の問題点はタイトルが何故『十字架(クルス)を抱いた渡り鳥』なのか、ということ。「渡り鳥」シリーズの第2作は『ギターを持った渡り鳥』なんだけど。唐沢は『私のこだわり人物伝』(NHK出版)P.94でも次のように発言している。
民俗学者の折口信夫が提唱した「マレビト論」にもあるように、日本におけるヒーロー像というのは、どこからともなくやってきて事件を解決したり、あるいは事件を紛糾させて、そしてどこへともなく去っていきます。木枯らし紋次郎しかり、ギターを抱いた渡り鳥しかり、フーテンの寅さんしかり。ゴジラもまさにマレビトです。
…これはタイトルを間違って覚えているな。『涙を抱いた渡り鳥』とゴッチャにしているのだろうか。
あと、主人公のライバルが出ていないのも疑問。「アキラ」とくれば「エースのジョー」でしょう。細かいことを言うと、どうして酒場で尼さんがラインダンスを踊っているのかも気になる。『渡り鳥』シリーズといえば、白木マリの踊り子なんだけどね。たしか小林信彦が「振り付けがいつも同じじゃないか!」と突っ込んでた覚えが。
他にも日活アクションを象徴するネタはいろいろあるんだけどなあ。カタコトでしゃべる藤村有弘とか日活コルトとか。「ペイの取引」も日活の映画で特に多いような気がする。…とは言うものの、唐沢俊一が日活にそんなに詳しくないことは『昭和ニッポン怪人伝』(大和書房)で石原裕次郎と吉永小百合が出ていなかった時になんとなくわかっていたのだけど。唐沢より20歳近く年下の自分にも「この人、ウスくない?」と疑われるのは結構マズいと思いますよ。…俺も検証やってないで、昔の邦画をもっとたくさん観ないといけないなあ。
で、この後、実はこの『十字架(クルス)を抱いた渡り鳥』の世界はコンピューターが書いた小説の中の出来事で、「宗教の争いはヤクザの縄張り争いと変わらない」というオチが筒井康隆風に書かれている。…筒井先生に無断で朗読会をやったくらいだから当然影響を受けているんだろうけど。
…それにしても、この『未来っぽい戦争』という本はなかなかカオスなことになっていて、唐沢俊一以外に小説を書いているのが、実相寺昭雄・小中千昭・杉作J太郎・蛭子能収・喜国雅彦・松尾貴史・林静一・佐々木守・高信太郎・根本敬などなど…といったあまりに濃すぎるメンツが揃っている。どういう基準でこのメンツを選んだのかとても気になる。その中でも根本の小説『大侵略』では歯垢と恥垢が会話するというシチュエーションがあって唖然とさせられた。根本敬、才能ありすぎ。
それから、唐沢俊一のプロフィールは次のように書かれていた。
1958年5月22日生まれ。札幌出身。双子座。演劇・芸能畑を経て、映像プロデュースにも足を突っ込み、小説も執筆(以下略)
この書き方だと他にも小説を書いてそうだな。
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