唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

夢のアート。

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●『電脳なをさん』の最終回が凄かった。20年以上の連載お疲れ様でした(今後もcakesで継続)。古賀亮一『ゲノム』も18年目だと知って驚愕。



5月19日付の唐沢俊一のtwitter「恒例週刊誌仕事」「お題が相撲」とあるのだが、5月28日発売の週刊新潮6月4日号に掲載されている『東京情報』相撲ネタだったうえに、ペリーが浦賀に来航した時に幕府が相撲取りを連れて行ったという、ひるおび!』5月12日分で唐沢が紹介していたエピソードがそのまま使われていた。…もはや隠す気はないな。
 相撲つながりで、唐沢俊一の5月13日付のtwitterも紹介しておこう(その1その2)。

白鵬はあまり好きなタイプの相撲取じゃないんだけど、NHK『プロフェッショナル』での「稽古であんまり自信がついてもよくないんですね、空回りするから。だから、あえて調子が悪い状態でいく。だいたい最高の調子の6、7割くらいの時がものすごくいいものを達成するんです」という言葉には痺れた。

いま6月舞台絶賛稽古中なのだが、今回はコメディ。コメディ芝居の場合特にそれで、完璧なものに仕上げて舞台乗せちゃうと、お客の神経にフックしなくなって、可笑しいんだけど、笑えない、ということになる。稽古目標を7割目安に設定して、本番に臨まないといけない。新人にはかえってそれが難しい。


 夏場所照ノ富士逸ノ城の2人が明暗を分けたのは稽古量の違いがそのまま出たからとも聞くけどね。もちろん素晴らしい舞台になるものと信じています。


4月29日の記事岡田斗司夫『僕らの新しい道徳』(朝日新聞出版)に収録されている岡田と東浩紀の対談を取り上げたが、他にも気になる部分があったので今回改めて紹介することにする。
 対談の中で岡田は東が提唱している福島第一原発観光地化計画」に疑問を投げかけているのだが、その論法が独特なのである。『僕らの新しい道徳』P.263で、東は原爆ドームを例に出しつつ以下のように語っている。

東  (前略)福島の事故はチェルノブイリに次いで2番目に大きな原発事故ですが、地球規模で見れば、これから50年か100年かあとにまた起きるかもしれない。そのときのために教訓を残すのは人類としての責務だと思います。それに、被災地復興と、福島第一原発をどう残すかを考えることは両立するはずです。


岡田  でも、それは結局、アートみたいなものでしかないのではないですか。


 この後も岡田は東のプランは「アート」だと呼び続けるのだが、発言を追っていても岡田の「アート」が何を意味するのかわかりづらく、対談相手の東も

どうしてもそう呼びたいのであれば、もはや呼び名はなんでもいいですが(後略)

と言っている(同書P.266)。さぞかし困ったのだろうなあ、と同情してしまう。


 もうひとつP.267より。

岡田  (前略)もし、仮にアート的なアプローチをした場合、アートとして成立させた人たちの名声は上がるでしょうが、果たしてそれが本当に意味があるのか。どこかに造らなければいけない瓦礫の置き場所や最終処分場の問題がどこかに行ってしまい、アートとして成立するかどうかだけを目的としているように映ってしまう。これは美意識の問題です。だから僕は、どうしても、そこに引っかかってしまうというだけです。僕は広島の原爆ドームもあまり好きではないので。


 まあ、原爆ドームを好きではないというのなら「福島第一原発観光地化計画」に意義を見出せなくても当然なのかもしれないが、「アートとして成立させた人たち」に妙な偏見を持っているのが気になる。
 …というよりも、上に引用した発言からもうかがえることなのだが、「アート」云々を抜かして見てみると、岡田の話は「原発の処理が終わっていない状況で観光地にしようと計画するのはいかがなものか」という「福島第一原発観光地化計画」に対して一番多く出るであろう疑問でしかなくて、つまりは岡田の「アート」の見方が話をややこしくしているにすぎないのではないか、と思わざるを得ない。



 『僕らの新しい道徳』には、各対談の後に岡田本人による解説が付けられているのだが、東との対談の解説を読むと、岡田の「アート」への思いにますます困惑させられることになる。なにしろ解説のタイトルからし福島第一原発観光地化計画は男らしくない!」なのだ。同書P.278より。

 (前略)東さんの言うことには何度も頷いた僕も、福島第一原発観光地化計画に関してだけは一貫して「嫌だ」と言い続けました。なぜかというと、まったく「男らしくない」からです。 
 富士山が世界文化遺産になると聞いて、僕らは喜びました。では、福島第一原発が観光地化されたとして、何年後の誰がどれくらい喜ぶというのでしょう? 経済効果というのは変だけど、どれくらい日本人にとっての元気効果がありそうですか? 僕は絶望的なほどに少ないと思っています。
 福島第一原発観光地化計画は誰にとってどんなメリットがあるのか? それは明確で、計画を推進した人たちがアーティストとしての名声を得るということです。
 福島を観光地化しようとすれば、数百万人、数千万人がさまざまな面で難儀することになるでしょう。その難儀の上に、アーティストとしての手柄を立てようとしているのが男らしくない。そういう活動に対して、僕はまったく協力するつもりがありません。
 東さんをはじめとする関係者は、原発をアート化することによって何か素晴らしいことが起こると期待しているけど、はっきり言って、みんなアートに夢を持ち過ぎ!(笑)


 「じゃあ、女性アーティストが計画を主導すればいいんじゃね?」と思わずトンチを効かせてしまったが、そもそも「男らしくない」というフレーズを安易に使っているのが気になる。自分は一連の愛人騒動を見る限り、岡田について「男らしくない」という印象を持ってしまったのだけどね。以前から岡田を男らしいと思ったことは一度もないのだが、それにしてもあれほどとは思っていなかった。
 次に、観光地化計画から世界遺産の話になるのは若干飛躍があるが、世界遺産には人類の負の側面を記録した物も含まれている。だから、経済効果や元気効果なるものは世界遺産に登録されるのと本質的には関係がない。「経済効果というのは変だけど」と言いつつも、岡田が一番気にしているのはその点だろう。基本的には損得勘定で動く人なのではないか。「何それ食えるの?」みたいな。 
 自分は「福島第一原発観光地化計画」に賛成でも反対でもなく、東に対しても「いずれ検証の対象になるかもしれない」くらいに思っているのだが、上の解説を読むとさすがに東が気の毒になる。かつて唐沢俊一に「オタク業界に売り込みをかけている」と攻撃された一件を再現しているかのようだ。ちなみに、唐沢は最近になってもtwitterで東を批判していたが、東がそれに反応したかは知らない。
 


 さて、ここからが興味深いくだりになる。同書P.279より。

 僕は、アートとか芸術とかいうやつが大嫌い。軽蔑していると言ってもいい。いわゆる芸術というものは19世紀で終わり、20世紀の芸術は芸術家のためのものでしかなくなった。ピカソ以降、芸術はだめになったと思っています。
 今、芸術やらアートやら言っている人たちは、権威や勲章が欲しいだけではないでしょうか?
 ただし、僕も村上隆さんだけは認めています。

村上隆さんの芸術を金出して買う奴はバカだと思いますけど、村上さん自身は本当に頭がいい!
 村上隆さんは、アートとか芸術を信じている世界中の馬鹿者から何億円と巻き上げて芸術祭を開催したり、貧乏なアーティストを自分の工場で働かせたりして、富を循環させている。これはとても素晴らしいことです。
 けれど、村上隆さんの芸術自体は、ノートルダム大聖堂やミロのヴィーナスやミケランジェロダビデ像と同じく、価値がありません。芸術家を名乗る人々が作る人々が作るものに価値なんてないのです。
 もし、芸術に価値があるのならば、下敷きにでもなっていて、そのへんの中学生はみんな持っているはずですよ。


 岡田は芸術を「批判」しているつもりかもしれないが、これは「悲鳴」である。「俺が理解できない芸術が世間一般ではもてはやされている!」、または「世間一般でもてはやされている芸術が俺には理解できない!」という叫びである。
 読めばすぐに気付くはずだが、引用した最初の部分で「ピカソ以降」の芸術を否定していたのに、後半ではピカソ以前の芸術をも否定している。理屈も何もあったものではないが、本にするならちゃんとチェックすればいいのに。
 で、自分は岡田とは逆によく美術館に行くのだが、先日国立新美術館に行ったら「マグリット展」も「ルーブル美術館展」もかなりの盛況で、あの状況に居合わせた者としては「芸術に価値がある」としか思えなかった。…というよりも、自分は「芸術に価値がある」か否かなんてことは考えたことがない。好きだから、気持ちがいいから、見に行くのであって、たとえそれが世間一般では無価値だと思われていようが関係のないことである。これとは反対に、好きじゃないもの、興味が持てないものにわざわざ触れる必要も無いわけで、岡田が芸術を罵倒しているのは本人の言葉とは裏腹に芸術に価値を認めているからであろう。だから、「批判」ではなく「悲鳴」なのである。教養についても言えることだが、理解できないものに価値を見出してしまう人なのだろうか。オタクの王様を名乗っていた人なのだから、もっと自信を持ってほしいものだが…。 



 ただ、自分は岡田のことを嫌いにはなれないな、とあらためて感じた。岡田にしても唐沢俊一にしても、自らをコントロールしているつもりでいながら、時々ウォッチしているこちらがビックリするほど素を曝け出してしまう。それがウォッチの醍醐味のひとつなのだが、今回もそういったケースで、普通の人は芸術をわからなくても好きではなくてもなんとか繕おうとするはずなのに、「俺にはわからない!」「俺にわからないものはクズだ!」と堂々と言ってしまえる人を嫌うというのは無理な話である。これからも遠くから見守っていきたい。



 岡田斗司夫ネタは遠からずまた取り上げる予定。一連の騒動に関しては検証してもしょうがない気がするので、雑感を書くつもり。



夢のあと

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夢の跡

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僕らの新しい道徳

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福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2

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勝ち抜く力

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これはパイプではない

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悲鳴伝 (講談社ノベルス)

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