プリンセス・ブレスト・ストーリー。
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●「つぶやき日記」12月22日分より。
朝、いろいろと関係者へのギャランティ支払い額をチェック。現金で用意しないといけないもの、振り込みにするもの、個人宛、事務所宛などいろいろいろいろ。小劇場の公演の金銭支払いは、その世界独特の慣習のようなものがあり、これがまたややこしい。今回の公演が、前回の『(株)世外今是』主宰でないことを不審がる人もいると思うが、前回、株式会社の会計方式に合わせてください、と言ってきた向こうの会計士の人に、終ったあと、支払いがドンブリであるとメチャクチャに怒られた。しかし、その、会社組織的(一般的)な常識でやったら演劇人はついてこない(もっと大きな劇場での商業的公演は別の話である)。取っ払い、当日現金ばらいでないと動かない世界もある。急場に、領収書とってこいとは言えない支出も多々、ある。お互いの常識がぶつかりあってえらい目にあった経験から、結局、今回、スポンサーさんと協議の上、会社名義は外して、いわゆる小劇場方式に戻した。いや、こう言ってはなんだがやはりやりやすいこと。
というのが、昨年12月の舞台が「世外今是」名義でない理由だという。まあ、次回以降の公演で名義を戻す可能性もあるものの、唐沢俊一は「ライブ感」重視の人であると同時に他人にコントロールされるのを嫌う人でもあるから、このような展開になったのには納得できる部分もある。小劇場の演劇ってそんなフリーダムな世界なのか、と門外漢としては驚くしかない。また、12月23日の日記には以下のようなくだりもある。
ただし、今回改めて思ったのが、スタッフの拡張と充実が絶対必要ということ。当分、現在の、公演ごとの出演者募集は続けるが、スタッフのみは専属が必要。来年半ばに劇団事務所を開く予定だが、ここに常駐スタッフを置きたい。
それなら体制をきちんと整えるべきなんじゃないかなあ。結局のところ、唐沢は演劇に軸足を移すのか、それとも文筆業をメインにしていくのか、どうも見えづらい。
唐沢俊一が自らのスタイルにこだわる一方で、唐沢を支援していたスポンサーは「もっと大きな劇場」での公演を望んでいたようだから(2011年12月20日の記事を参照)、両者の思惑には食い違いがあるのではないか?と思ってしまう。はたして福岡公演は実現するのだろうか。
自分は演劇に詳しくないので、唐沢の演劇について深く語るつもりはなく、演劇をやりたければやればいいと思う。一度は観劇したいと思っているけれど、実は唐沢の演劇にさほど興味があるわけでもないし。ただ、かつて唐沢と親しかった人間が唐沢が演劇にのめりこむのを反対していた、という話をいくつか聞いているので、劇団運営が決して平坦な道とは言えないのは想像がつく。唐沢本人も演劇に関連して岡田斗司夫に怒られたと認めている(2012年4月7日の記事を参照)。
●本題。唐沢俊一が『フィギュア王』で連載していたコラムに一通り目を通すことが出来た。…これでまた少し終わりへと近づいた。連載は何度かリニューアルしているが、以下にその変遷をまとめておいた。
『唐沢俊一のおんなのこってなんでできてる?』(№3〜№62)
『カラサワ流奇想怪想玩具企画』(№63〜№86)
『唐沢俊一のトンデモクロペディア』(№87〜№145)
1997年4月から2010年2月まで、約13年にわたる連載だったわけで、まさか終わるとは思わなかった(2010年3月20日の記事を参照)。なお、『おんなのこってなんでできてる?』『奇想怪想玩具企画』は2ページ連載だったが、『トンデモクロペディア』では1ページになり、ページが減ったあたりからネット上からのコピペが目立つようになる(コピペ自体は『奇想怪想玩具企画』でもある)。
これだけ長大な連載になると、唐沢の文筆業生活においてもかなり重要なはずだが、しかしながらこれらの連載は単行本化に恵まれていない。『奇想怪想玩具企画』の大半は『奇人怪人偏愛記』(楽工社)に収録されているものの、『おんなのこってなんでできてる?』はごく一部が『キッチュの花園』(メディアワークス)『キッチュワールド案内』(早川書房)に収録されているくらいで、『トンデモクロペディア』に至ってはまったくフォローされていないはずである。唐沢には『フィギュア王』以外にも単行本に収録されていない雑誌連載の文章が多々あるので、それらの文章を本にまとめるのが昔の雑誌を転載するよりも先にやるべき仕事だろう。
以下は余談。今回『フィギュア王』に目を通していて気付いたのだが、№33では「連載第31回」だったのが、次の№34では「連載第34回」になっていた。また時空が歪んだのか(2012年3月15日の記事を参照)。
今回は『フィギュア王』連載分から気になった文章を2つほど取り上げたい。まずは№60(2002年10月発行)に掲載された『おんなのこってなんでできてる?』第58回「破裂するブラジャー」。この回の前半から中盤にかけて唐沢は、かつてヨーロッパではキリスト教道徳の下で女性が乳房を隠すことを強要されていて、かろうじて宗教画の中でのみ乳房を表現することを許された、という話をしている。同誌P.51より。
ともかく、このおっぱい暗黒時代はそれからずーーーっと続き、十九世紀あたりになると、いやしくも上流階級の女性であれば、
「わたくし、そんな下品なものは持っておりません」
というような顔を常にしていなければいけなかった。
その理屈だとドラクロワの『民衆を導く自由の女神』(1830年作)なんかどう考えればいいんだろ、と思うが、実際のところ上流階級の女性たちの間では18世紀あたりから襟を深くあけたデザインのデコルテが流行している(複製画販売のART GALLERYを参照)。あと、シャルル7世の寵姫だったアニエス・ソレルが片方の乳房を出していた話は有名なのでは。また、H・P・デュル『挑発する肉体』(法政大学出版局)には、19世紀のイギリスで炭坑の仕事に従事していた女性が半裸に近い格好だった、という事例が紹介されている。いずれにせよ「おっぱい暗黒時代」が「十九世紀あたり」まで続いていたという説は疑わしいものと言わざるを得ない。
やはり同誌P.51より。
あわれ彼女たちのおっぱいは、コルセットによっておしつぶされ、ひしゃげられ、ぺたんこにされて、その存在を出来るだけ目立たぬように隠匿させられていたのである。
一般的にコルセットを着用すると腰が締め付けられ、押し上げられた胸が強調された格好になる。
細かいところでは、「コペルニクス的な展開」なる表現も出てくるが、正しくは「転回」。
次は1号さかのぼって、№59(2002年9月発行)に掲載された『おんなのこってなんでできてる?』第57回「おなじみのあのポーズ」について。「おなじみのあのポーズ」というのは、いわゆる「お姫様抱っこ」のことで、唐沢俊一はこの文章の中でSF映画やホラー映画で怪物が美女をお姫様抱っこするのが多い理由について考察している。2002年の時点では「お姫様抱っこ」という言葉がまだなかったんだなあ。
怪物が美女をお姫様抱っこする、といえばやはり『大アマゾンの半魚人』だろうか。フィギュア(BIG ONESを参照)もあるし、むかし和田誠も「ジュリー・アダムスを横抱きにした半魚人」のイラストを描いていた。『禁断の惑星』と『地球の静止する日』のポスターではロビー・ザ・ロボットとゴートが美女を横抱きにしているので笑ってしまう。2人(?)とも悪者扱いかよ。
さて、唐沢は怪物が美女を横抱きにするシーン(ポスター)が多い理由を「アメリカ人の異文化ヒステリー」が原因であると分析する。つまり、怪物が美しい女性を我が物にしている格好はアメリカ人にとってとても恐ろしいものである、というわけだ。デビッド・J・スカル『マッドサイエンティストの夢』(青土社)でも似たような話が出ていたっけ。
しかし、考察が甘い部分もある。同誌P.51より。
アメリカ人の、花嫁を抱えて家に入るという行為には、露骨に狩猟民族独特の、獲物の所有権の誇示、という性格が見てとれる。フェミニズム系の人たちにとってはまことに面白くないことだろうが、古来、女性は男性にとり、狩の獲物と同等だったのだ。その明確な例が、やはり映画だが『略奪された七人の花嫁』(原文ママ)という映画で、この映画にはその、男が女を両腕に抱きかかえるシーンがイヤという程出てくる。
(前略)この花嫁を花婿が抱える“この女は自分のもの”ポーズを、夫ならぬ、まして人間ならぬ怪物たちがとる。このことがキリスト教文化圏の連中にとってどれほどショッキングな構図であるかを、われわれはもっと理解しなければならない。
花婿が花嫁を「お姫様抱っこ」して家の中に入る、というのは古代ローマの「サビニの女たちの略奪」(ウィキペディア)という故事が元となった風習である。ニコラ・プッサンによる画(Salvastyle.com)を見ると、ローマ人の男がサビニ族の女を抱き上げているのがわかる。『プルタルコス英雄伝』中巻(ちくま学芸文庫)P.220〜221の「サビニの女たちの略奪」について書かれたくだりより。
さらに今日に至るまで、花嫁は決して自分から寝室の中に進み入ることなく、抱き上げられて運び入れられるという風習が続いているのは、あの時も力ずくで連れて来られたのであって自分で入ったのではないからである。
もうひとつ、塩野七生『ローマ人の物語』1巻(新潮文庫)P.57からも引用しておこう。
欧米には今でも、花婿が花嫁を抱きあげて新居の敷居をまたぐ風習がある。この事件以来ずっとローマ人の習慣になっていたのが、今日でもつづいている一例である。
さらに付け加えると、唐沢が例として挙げている『掠奪された七人の花嫁』の中で、町の娘たちを想って苦しんでいる弟たちに長兄アダム(ハワード・キール)が「サビニの女たちの略奪」について語り(劇中では「サビーヌ」)、娘たちをさらってくるようけしかけるシーンがある。…だから、映画自体が「サビニの女たちの略奪」を踏まえた話なんじゃないの?と思われるわけで。それと、せっかくなので映画を観てみたが、「男が女を両腕に抱きかかえるシーンがイヤという程出てくる」とは思えなかった。一般的にはミュージカル映画の名作とされている作品なんだけど。題名を間違えて書いているし、本当に観たのかちょっと気になる。
ともあれ、怪物に美女が抱えられる構図に恐怖を覚えるのをアメリカ人に限定しているのが疑問だし、古代ローマの故事を「キリスト教文化圏」にあてはめるのはいかがなものか、と思わざるを得ない。異文化の脅威にさらされているのはアメリカに限った話でもないだろうに。
ついでにこっちでも細かいツッコミをしておくと、
『禁断の惑星』はSF映画史上に残る普及の傑作で(以下略)
「不朽」ね。
今回紹介したふたつの事例では、両方とも知識が欠けていたばかりにツッコミが甘くなってしまったわけで、まことに惜しい話であった。全般的に言えることだが、唐沢俊一の最大の問題点は実は知識不足なんじゃないか?と思う。そう言うと、「雑学王」「雑学の神様」と呼ばれている人なのに?と思われるかも知れないが、詳しい話は総括の時にしよう。
おお、アンドレ!
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