「せめて、オタクらしく」補論・その4
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※このエントリーは『唐沢俊一検証本VOL.4』に収録された唐沢俊一らによる『新世紀エヴァンゲリオン』批判に伴って発生した騒動について解説した『せめて、オタクらしく』の補論である。その1からその3までは以下を参照。
だいぶ昔の話になるが、唐沢俊一が『クイック・ジャパン』に手紙を送ったところ、それが読者投稿欄に掲載されたために唐沢が激怒した、という話があって、自分も検証を始めたころから噂には聞いていた。その件に関しては「唐沢俊一ワールド案内」でも少しだけ触れられているが、そこを読むだけでは詳しいことはわからない。
となれば、実際に『QJ』のバックナンバーにあたってみるのが一番である。調べてみたところ、1995年3月発行の第2号の読者投稿欄(P.282)に以下の一文を発見した。
なるほど、唐沢の手紙が読者投稿欄に掲載されたという話は本当だったのだ。なお、「(前略)」は原文通りで、編集部によってカットされたのだろう。どの程度カットされたのか、ちょっと気になるところだが、そのほかにも気になることがある。
まず、唐沢が手紙で好美のぼるにインタビューさせてほしい、と提案している点について。自分は創刊当時の『QJ』を読んでいたのでピンときたのだが、これは初期『QJ』の名物企画だった、竹熊健太郎さんによる康芳夫・石原豪人などといった「箆棒な人々」へのインタビューに触発されたのではないだろうか? 『QJ』では後に大泉実成氏の『消えたマンガ家』が連載され人気を博したことを考えると、狙いとしては良かった、と言えるのかもしれない。
やや話はそれるが、唐沢俊一は好美のぼるの作品を復刻するために大変に苦労したようで、『B級学』(海拓舎)に収録された「私が貸本B級マンガにこだわるワケ」にはあちこちの出版社に好美作品の復刻を持ちかけては断られた経緯が書かれていて、読んでいると他人事ながら胸が痛くなる。本文を読む限り、福武書店*1、白夜書房*2、翔泳社*3、太田出版に断られたようで(本文中では福武以外の出版社名は伏字になっている)、ようやく1998年になって『あっ!生命線が切れている』(二見書房)、そして2002年に『呪いのB級マンガ―好美のぼるの世界』(講談社)をそれぞれ出して念願をかなえている。…つまり、唐沢が『QJ』に送った手紙には好美作品の復刻を提案する意味合いもあったようなのだが、「私が貸本B級マンガにこだわるワケ」の中では特に太田出版に対して怒りをぶつけていて、それについては後述する(他の出版社にボツにされた経緯についてはそれぞれ脚注にまとめておいた)。なお、好美のぼるは1996年に亡くなっていたため、唐沢は好美の遺族から許可を得たうえで2冊の本を復刻している。
次に、プロのライターである唐沢俊一の手紙が読者投稿欄に掲載された点についてである。最初に話を聞いたときには「そりゃ怒っても無理はないかも」となんとなく思っていたのだが、唐沢の手紙が掲載された『QJ』第2号の読者投稿欄を実際に見てみると、唐沢以外にも枡野浩一、今一生といった他のプロからの投稿が載っていたので、必ずしも唐沢を素人扱いしていないように思えてきた。そういえば、『QJ』が創刊された時期の『宝島30』の読者投稿欄でも大泉実成氏や松沢呉一さんの投稿が載っていたことがあるから、当時のサブカル雑誌の読者投稿欄では読者に混じってプロの投稿が掲載されるのは決して珍しいことではなかったのではないだろうか。この辺はサブカル史としても興味深いところではある。
実物にあたることの大切さをあらためて実感した次第だが、それでもまだわからない点があるので竹熊さんに質問してみることにした。前の方にも書いたが、竹熊さんは創刊当時の『QJ』に関わっていたので詳しい事情をご存知なのでは?と思ったのだが、メールを送ったところ丁寧なご返事を頂いた(どうもありがとうございます)。
唐沢氏のQJへの「投書」についてはよく覚えてます。
QJには創刊当初、読者アンケート葉書が挟み込まれており、
唐沢氏はそれを使って投稿したのでした。
あの葉書が掲載されてからの、唐沢氏の赤田編集長に対する怒りは
激しいもので、僕の耳にも伝わってきました。ニフティのオタアミ
会議室か裏モノ会議室で、QJと赤田編集長に対する本人の怒りの
書き込みを読んだような記憶もあります。探せば出てくるかも。
僕はそれで赤田編集長に、唐沢氏の投書を読者欄に載せた理由を尋ねて
みたんですが、赤田氏は「だって読者アンケートハガキで送られて
きたので…」と困惑していました。
当時の赤田祐一編集長に思わず同情してしまうが、アンケート用のハガキに書いたのなら読者投稿欄に載せられても仕方ないかもなあ。唐沢俊一にも問題がなかったとは言えないのでは。
それから「(前略)」で省略された部分について聞いてみたところ、以下のようなお答えを頂いた。
僕は当時QJ編集部によく出入りしていました。自分が担当するページが
号によっては50ページを超えることもあって、僕はこれの企画から
アポ取り・取材・執筆・図版集め・レイアウトのラフ切りまでやり
ましたので、半分編集者をやっていたようなものです。
ですので、編集部に行って机にアンケート葉書が積まれていたら、
できるだけ目を通していました。自分のページへの感想があることが
多かったからです。
唐沢さんのハガキも、「あ、唐沢さんのだ」と思った記憶があるので、
目にしていましたが、さすがに詳しい文面までは覚えていません。まあ
「ご意見ご要望」の回答欄は3、4行でいっぱいになってしまう狭いもの
でしたから、大したことは書いてなかったような気がしますが。
確かにアンケート用のハガキにそれほど長文を書けるとも思えない。「私が貸本B級マンガにこだわるワケ」によると、唐沢は太田出版に好美作品の復刻を持ちかけたようだから、その辺のことが省略されたのかもしれない。
唐沢俊一はこの件について激怒していたようで、前の方で触れた「私が貸本B級マンガにこだわるワケ」では次のように怒りをぶちまけている。『B級学』P.220より。
さればと、O出版のAという男に、こういうのをやらせてくれないかと手紙を書いたら、人を馬鹿にしたことに、新創刊雑誌の読者からの手紙欄にそれを出しやがった。
「こういう企画売り込みが本誌にはどんどん来ているんだぞ」
というアピールにしたかったのだろうが、素人の読者扱いはひどい。腹を立てていたら、A氏はその雑誌の売れ行き不振で神経を痛めたとかで、その後編集長を降りてしまった。雑誌の編集が今の時期、どんなに大変かは理解しているつもりだが、個人レベルではいい気味である。
商業出版された単行本で私怨を全開にしているのが凄まじい。あまり感情的になられると読者としても「ひく」(「あたりまえ隆史」っぽく)。…しかし、これは誤解だろう。くりかえしになるが、当時の『QJ』の読者投稿欄には素人だけでなくプロのライターの投稿も掲載されていたので、決して唐沢をバカにしていたわけではないのだろうし、大事な企画をアンケート用のハガキに書くのもどうなのか?と思う。あらためて当時の赤田編集長に同情する。
さて、『QJ』読者投稿欄事件について長々と書いてきたが、実はこれだけなら唐沢ウォッチャーとしてはさほどビックリするような話ではない、とも言える。唐沢俊一が感情を抑えきれないまま文章を書いてしまったケースは他にもあるし、無駄にプライドが高いこともとうにわかっていたことだ。…では、何が問題なのかというと、この一件が後の唐沢による執拗なまでの『新世紀エヴァンゲリオン』批判につながっているのではないか?と思われることだ。
『金曜ロードショー』での『Q』の予告に肩透かしを食った後でこのような話をするのも妙な気分だが、かつて『QJ』では『エヴァ』が大々的にフィーチャーされていたことがあって、たとえば、竹熊さんと大泉実成氏による庵野秀明監督のインタビュー(第9号、第10号)は後に単行本化され、他にも『エヴァンゲリオン小事典』(第12号)といった企画が行なわれたことで知られている。この『エヴァンゲリオン小事典』には伊藤剛さんも参加されていて、伊藤さんは後に東浩紀氏と『QJ』第21号で「オタクから遠く離れて・リターンズ」という対談を行ってもいる。
でも「エヴァらしい」と思ってしまったのも事実。
…のだが、唐沢俊一はこれが気に食わなかったらしい。「唐沢俊一の裏の目コラム」で、伊藤さんが東氏と「ベタベタ」していると揶揄している。…しかし、それなら唐沢も岡田斗司夫と「ベタベタ」していたのでは?と思うし、そもそも対談しているのを「ベタベタ」していると見てとること自体気色悪い。また、唐沢は1998年11月23日に「オタクアミーゴス会議室」に「情けないぞ、「QJ」」というタイトルの投稿をしている。以下全文を紹介する。
以前、「QJ」の村上編集長と東浩紀がケンカした、という情報を聞いて、 それに関してはオタク嫌いの東氏がQJのオタク寄りの態度に怒りを表明したため、と思っていたが、こないだ東大生に聞いたら、アレは東氏の対談「おたくから遠く離れて」の内容に対し、村上編集長が 「ウチの読者層にあの内容は難しすぎる。もうあなたには書いてもらうわけにいかない」 と、ライターとして切ることを宣言したからなんだそうである。東氏は 「あそこまで内容を下げて、それで難しすぎると言われては僕には何も書けない」 と、半ば呆れて手を引いたんだそうな。 確かに東氏の魅力は、「難しいことをやさしく言い換えない」ところにある。彼の著書『存在論的、郵便的』を読めばそれは明らかだ。一般大衆に媚びないその態度はひさびさに出た“学者らしい学者”だろう(それをよしとするわけではないがな)。だが、そういうきちんとした著書に比べれば、あの対談なんてはっきり言ってガキのタワゴト。 「柳宗悦が“クズを愛せ”なんて言うたんか、オイ」などというツッコミがいくらもできる、お気楽なものにすぎない。それが難しすぎる、というのは、いくらなんでもQJの読者層、少し知的レベルが低すぎないか?
村上清氏は赤田氏の後任の編集長。唐沢さんによる『存在論的、郵便的』の書評を是非とも読んでみたいところだが、それはさておき、この後伊藤さんは「オタアミ会議室」にて唐沢の投稿に事実誤認があることを指摘するついでに唐沢と岡田らを提訴した旨を告知している。
伊藤さんと東氏の対談、「オタクから遠く離れて・リターンズ」は現在ネット上で見ることができるが、一読してみると、唐沢が気に食わなかったのは実は柳宗悦うんぬんではなく、オタク集団のホモソーシャル性を衝いたくだりだと思ってしまう。
東 さらに言えば問題は、同性愛的な連帯意識を一方で抱きながら、しかもの原因を自分では認めたくない、そいうねじれはえてして集団を閉鎖的で権威的なものにしやすいということ。その点でオタク社会は確かに体育会的なんだな。とにかく業界全体に、縄張り意識が強いでしょ。そういえば伊藤さん自身が、最近、その関係でゴタゴタに巻き込まれているとか?
伊藤 そうなんだよ。僕はオタクのある集団に荷担してて、今はそこから離脱しているんだけど、僕がそこに帰属しなくなった途端、その集団のイデオローグ的な人が僕の中傷をはじめたという問題があるんだよ。はっきり迷惑だし、これについては別の場所できちんと対処しないといけないんだけど。
その人がなぜ、こういう行動に出たのか、その内的な理由は僕にはよく分からない。でも、この現象をホモソシアル的な主体の問題が、デフォルメされた形で噴出したものだと考えることはできると思う。
世代的に言えば、彼と同じ三〇代後半から四〇代前半くらいのオタク、僕はオリジナル・オタク世代と呼んでいるんだけど、時代錯誤的なマッチョイズムを受け継いでいるのは、まずこの辺でしょう。ただ、彼らは別に体を鍛えるわけでもないし、非常に観念的なマッチョという気がするんだけど。
東 それは彼らが本来のマッチョイズムを一度変形して、そのうえで受け継いでいるからですよ。僕は少し、オタクについて考えを変えてきた。以前はまあ、彼らはポストモダニストで、消費社会の虚構性をゲームとして楽しんでいると思っていた。でも違うね。彼らの多くは古い体質の、ほとんど保守的な人々ですよ。彼らにとってオタク的な産物はリアルそのもので、コミケがなくなったら実存が崩壊する。その依存関係というのは、ゼネコンの社員が会社が潰れたらまずいというのと構造的に変わらない。アイデンティティの場所が変わっただけ。
自分が唐沢俊一ならまずこのくだりに反論すると思うのだが、まわりくどいやりかたをしているのが謎。…それにしても、ホモソーシャルという観点から考えると、唐沢や岡田斗司夫があけすけな下ネタを好んで喋ったり、唐沢の「鬼畜」「裏モノ」アピールも「ああ、なるほどね」と思えてくる。 「OLD PINKお見合い事件」などもいかにもな話である。
…結局のところ、このような流れがあったのではないか?という気がしてならない。
唐沢俊一、ハガキを読者投稿欄に掲載されて『QJ』に恨みを抱く
↓
良く思っていない『QJ』でフィーチャーされた『エヴァ』も良く思わない
↓
『QJ』の『エヴァ』特集に登場していた竹熊・伊藤・東の各氏のことも良く思わない
伊藤さんの場合は「オタアミ会議室」等で揉めた方がメインで『QJ』はサブなのだろう。一連の『エヴァ』騒動については『唐沢俊一検証本VOL.4』にまとめてあるので興味のある方は参照してほしいが、「オタク」と「サブカル」の対立などという大文字のテーマだけではなく、こーゆー個人的な事柄も決して見逃してはいけない。人間は大義名分ではなくむしろしょうもないことの方で動く生き物なのだし。
なお、竹熊さんによると、伊藤さんが『QJ』に起用されたのは、赤田編集長が『デラべっぴん』の『エヴァ』特集(岡田斗司夫監修)を読んだことがきっかけで、竹熊さんが伊藤さんを『QJ』に誘ったのではないとのことである。『エヴァ』騒動当時、唐沢俊一は竹熊さんに「黒幕登場」というタイトルのメールを送ったそうだが、どうも竹熊さんが伊藤さんを裏で操っていると思っていたようだ。
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