復讐のように。
「最低!!」でもよかったかな。
唐沢俊一が今日になって公式サイトに「料理日記」を大量にアップしている。サイトを閉鎖するという話はなくなったのだろうか。
本題。「唐沢俊一検証blog」の管理人は二宮ひかるのファンである。結構初期からのファンで、作品は出来る限り追いかけているつもりだが、最新作『ダブルマリッジ』が『週刊漫画TIMES』に掲載されているのはどうも慣れない。二宮といえば『ヤングアニマル』、のイメージが未だにあるのかもしれない。もっとも、板倉梓『あかつきの教室』(芳文社)も『週刊漫画TIMES』に掲載されていたから「俺、あの雑誌に呼ばれているのかなあ?」と思わないでもない(暁先生、いいなあ)。…話はややそれたが、ともあれ自分は二宮ひかるファンなのである。おお、次の『楽園』は来週発売じゃないか。すごく楽しみだ(二宮ひかる以外にも好きな作品が多い)。
…さて、世の中には不幸なめぐりあわせというものがあるようで、唐沢俊一が二宮作品の書評を書いていたりする。『週刊現代』2005年3月12日号「特選コミックス」のコーナーで、二宮の代表作のひとつである『ナイーヴ』が取り上げられているのだ。
ストーリィ作りはセックスと同じだ。ストレートにラストに持って行ってしまってはいけない。相手をじらし、翻弄し、ときには乱暴に扱い、しかし基本的には快感を与えながら、小さい歓喜を次第に大きくしていきつつ、クライマックスに到達させるのが腕というものだ……。
昔、高名な映画監督の講演を聞きにいったとき、こんな話が始まったので仰天した覚えがあるが、二宮ひかる『ナイーヴ』(白泉社・コンビニ版、500円)を読んで、この講演をはからずも思い出してしまった。ストーリィ自体がまさに男女間の、行きずりのセックスをきっかけに肉体を通じて恋愛の深みにはまっていく模様を描いたものだが、その展開がまた、テクニシャンのベッドでの行為そのもののように、じりじりと読者をじらし、小さなエピソードを積み重ね、あちこちの回り道へ引っ張り回しながら読者をトリコにしていく。こんな手管を使う作者がうら若い(と思う)女性であるというのが驚きだが、何かにつけて性急な男性作家にはここまでのじらしテクニックは使えないかも知れない。細やかな女性的感性が、恋愛関係自体のじれったさを見事に描ききった傑作マンガである。
単行本自体は一九九八年に第一巻が刊行された(全三巻)古いものだが、この二月にコンビニ版が出て、手にとりやすくなった。マンガ流通の主流がコンビニに移りつつある現在、その棚に並ぶ作品に目を向けてみることで、新たな発見が必ずあると思う。
…困った。唐沢俊一の文章を読んでも『ナイーヴ』がどんな話なのかサッパリわからない。一応、「紙屋研究所」が『ナイーヴ』を論じた文章も掲げておくが、字数の違いを考慮しても差がありすぎる。最初の映画監督と最後のコンビニ版の話を書くくらいなら初めは神泉でアレだとか休日の会社でソレだとか目を惹きそうな話がいろいろあるじゃん、と二宮ファンとしては思ってしまう。唐沢の『週刊現代』でのマンガ評は「作品を読まなくても書ける内容」になることがしばしばあるのだが(2009年6月19日の記事を参照)、連載2回目にしてこれである。…いや、あまりのことに笑っちゃったので怒ってはいませんよ。わざわざバックナンバーを調べた俺が悪かったんだよ、うん。
ただ、「特選コミックス」が毎回このようなモヤモヤした内容ではないことを示すために、他の回も紹介しておく。『ナイーヴ』の回の次、連載3回目、『週刊現代』2005年4月9日号に掲載された吾妻ひでお『失踪日記』の書評である。
人間は、ときに自分のそれまでの人生がなにもかも空しく思え、世捨て人になることを望むものらしい。トルストイは五十歳のとき『戦争と平和』をはじめとする自分の作品を全て否定し、隠遁生活に入ろうとしたが妻や家族に反対され、実際に家を捨てることが出来たのは八十二歳のときだった……それに比べると、吾妻ひでおは幸運にも(?)三十九歳の若さで失踪に成功する。自殺未遂や路上生活を繰り返し、ときに復帰してまたマンガを描き始めるものの、再びみたび現実社会から逃避し、アル中になって強制入院させられたりを繰り返す。
家族のことを思えば笑い事ではないが、その一部始終を突き放した筆致で描いた本書『失踪日記』(イースト・プレス、1197円)は、すさまじい面白さで、皮肉なことに作者の真の才能を証明する一冊になっている。『山家集』『野ざらし紀行』など、憂き世を捨てての遁世を芸術に昇華した作品が日本文学史には多いが、この作品は現代におけるその代表と言えるのではあるまいか。
それにしても、作中の警察官(吾妻ファン)の台詞ではないが、これほどの才能の持ち主がなぜ、“描けない”というだけで、休業とかでなく、完全に社会からドロップアウトしなければならないのか。マンガ業界という一大産業の根本は、創作者なら誰でも陥るスランプすら許されない過密なスケジュールにより成り立っているのだ。この本はそのシステムに対する告発の書でもある。
…あれ? 引用しているうちにこれもモヤモヤしているように思えてきた。『ナイーヴ』評よりはいいんだろうけど、最後にマンガ業界批判になるあたりは唐沢俊一の芸風らしからぬ展開でちょっとビックリした。なお、『とりから往復書簡』(徳間書店)2巻で、寒空の下2時間もの間自宅のベランダに締め出された唐沢なをきが、
俺ぜったいホームレス生活できないっ つらすぎる
吾妻先生やっぱりあなた偉大だよっ
と叫ぶシーンがある(P.96)。まあ、「特選コミックス」はだいたいこんな感じで4年半の長期にわたって連載していたのであった(2005年2月12日号〜2009年7月25日号)。近いうちにまた取り上げる予定。
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