唐沢俊一のデビューはいつなのか?
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karasawagasepakuri@yahoo
今更こんな根本的な問題をやるのもどうかと思うが、よくよく考えてみるとわからないことが多いのであった。
唐沢俊一の初の単著は1990年に出た『ようこそ、カラサワ薬局へ』(徳間書店。後に『薬局通』と改題され早川書房で文庫化)であるが、ウィキペディアには次のように記されている。
1990年に、薬局の業界紙に掲載されていたコラムをまとめた単行本『ようこそ、カラサワ薬局へ』で単行本デビュー。
しかし、この記述は疑わしい。唐沢俊一が『薬局通』の文庫版あとがきの中で次のように書いているのだ。
恥ずかしながら、これはぼくの処女出版であった。徳間書店から『ようこそ、カラサワ薬局へ』のタイトルで新書で出版された。徳間書店には、本当に感謝している。まだ業界で何も実績のない、生意気な若造の書き下ろし本を、よくまあ出してくれたものだ。
ごらんの通り「書き下ろし」と書いている。
このような誤解が生じた原因として考えられるのは、『薬局新聞』に連載されたコラムが文庫化の際に追加で収録されたためだと思われる。『薬局新聞』で連載が決まったいきさつも『薬局通』の文庫版あとがきに書かれている。
しかし、実売の数は動かせない事実として残った。ぼくも一時、ガックリと落ち込んだが、実はこの三千の読者の中には、かなりの数の業界人がいた。かれらはこの本のコンセプトを面白がってくれ、他に類書のない面白いもの、と認めてもくれていた。そして、ぼくにまた、似たようなものを書かせたがってくれた。この文庫の中に入れた「クスリ・コラム10題」はその中のひとつで、業界紙の『薬局新聞』に書いたものの中からチョイスしたものである。
このほか、「裏モノ日記」2001年1月9日にも同様の記述がある。よって、ウィキペディアの記述はきわめて疑わしいと言わざるを得ない。
さらに、『古本マニア雑学ノート二冊目』(ダイヤモンド社)の「唐沢俊一ビブリオグラフィ」で『ようこそ、カラサワ薬局へ』は次のように紹介されている。
徳間書店の今はなき雑誌『少年キャプテン』で仕事をしているとき、担当のO氏が、
「唐沢さんがいつもしゃべっているクスリのウンチクって面白いから、本、書いてみたらどうです?」
と言って、書籍部の人を紹介してくれた。ヒョウタンから駒の話で、大変うれしかったことを覚えている。新書書き下ろしは初めての経験で、編集担当のS氏には本当に迷惑をかけた。
うん、やっぱり「書き下ろし」だな。
以下は余談。『ようこそ、カラサワ薬局へ』には唐沢俊一のプロフィールと写真が載っているのだが、なんと唐沢は帽子をかぶっていない。いやー、これはいいものを見た。それから、プロフィール欄がやはり面白かった。
マンガ原作、舞台演出、アニメーション制作などで活躍中。
唐沢なをき氏と「唐沢兄弟商会」主宰。
どんなアニメを作っていたのか、マンガの原作を書くことを「主宰」というのか、と気になる点がいろいろある。それ以前に「唐沢兄弟商会」って…。メンタムでも作ってそうだ。
ちなみに「青山学院大学文学部英文科卒業」とありました。
話を戻そう。ところで、『少年キャプテン』での仕事とは何なのか、気になるところだが、これは唐沢商会による映画コラム『シネマもろとも』のことだろう。『少年キャプテン』1990年1月号から連載がスタートしていて、『ようこそ、カラサワ薬局へ』が出たのが1990年2月である。
さて、ここで大事なのは、唐沢俊一が初の単著を出せたのは唐沢商会の仕事がきっかけだったことだ。実はこのパターンが結構多い。たとえば、古本ネタも一番最初は『ガロ』に掲載された唐沢商会のマンガでやっていて、『古本マニア雑学ノート』文庫版あとがきを担当した坪内祐三も『ガロ』の古本マンガで唐沢俊一を初めて知ったという。
また、唐沢俊一の原稿が初めて採用されたのは『平凡パンチ』らしいのだが(「裏モノ日記」2006年8月31日を参照)、『平凡パンチ』1988年1月7日・14日合併号には唐沢商会のマンガ『鋼鉄人間28号』が掲載され(『近未来馬鹿』収録)、後継誌である『NEWパンチザウルス』でもやはり唐沢商会のマンガ『東方見物録』が連載されている(『脳天気教養図鑑』収録)。なお、「帽子にグルグルめがね」がトレードマークになった唐沢俊一のキャラが初登場したのも『東方見物録』でのこと。…つまり、『パンチ』および『ザウルス』で唐沢商会としての仕事は確認できても、唐沢俊一単体での仕事は確認できないのだ。一体どんな原稿を持ち込んだのだろうか。
ただし、唐沢俊一は『パンチ』『ザウルス』での仕事を後々につなげていて、同じマガジンハウス社の雑誌『鳩よ!』『ダカーポ』で連載を持ち、最初の担当編集者である小野寺寛晃氏とはその後も良好な関係を続けたようで、プロントコーポレーションのフリーペーパーでの連載『トリビア名誉教授唐沢俊一のビジネス課外授業』(P&G満載だったが)も小野寺氏が代表を務める編集プロダクション「アルタイル」から発注を受けたものである。また、同じく編集者との関係で言えば、『ようこそ、カラサワ薬局へ』の担当編集者だった「S氏」こと志儀保博氏は唐沢の著書の幻冬舎での文庫化を担当している。
…こうして見ると、唐沢俊一は同業者とはトラブルをよく起こしているが、仲のいい編集者も多数いたのだな、と思う。額田久徳さんとも最近までは仲が良かったわけだし。編集者としては使いやすいライターだったのかもしれない。
…気になるのは、唐沢俊一単独でのデビューよりも唐沢商会の原作者としてのデビューの方が早かったんじゃないか?という点。これは実にゆゆしきことで、ゆゆしきと言っても三上小又のマンガのことではないが(わかりにくいボケ)、「いばりんぼ」がいよいよシャレにならなくなってきたようにも思う。…まあ、自分も『平凡パンチ』に唐沢俊一単体の仕事が載っていないか、なんとか探してみるつもりだけれども。
これに関係して象徴的だと感じたのは、かつて『ガロ』では『唐沢商会の怪情報』というコラムが連載されていたのだが、これがリニューアルされたときに『唐沢俊一のスポンテニアス・コンバッション!』(『笑う雑学』収録)となぜか兄単体になっていたこと。「いばりんぼ」で「INU-YOUKAN」が「苔星ケンとINU−YOUKAN」になってたのを思わず連想。…あー、でも、弟さんが忙しかったからかもねー。好意的に解釈しちゃうぞ。
あと、やはり今更な話だが、デビューして10年も経ってないライターが「弟子」を取ろうとするのはかなりヘンなことだと思う。
…いやー、でもそうなると、唐沢俊一の正確なプロフィールは、 「1988年、唐沢商会の原作者としてデビュー」ということになるのかねえ。別にそれでも何ら不都合はないと思うけど。
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