唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

キャラ笑う孤島の鬼。

タコシェにて夏コミの新刊『唐沢俊一検証本VOL.3』『唐沢俊一検証本VOL.0』通販受付中です。また、既刊『唐沢俊一検証本VOL.1』『唐沢俊一検証本VOL.2』『トンデモない「昭和ニッポン怪人伝」の世界』も通販受付中です。タコシェの店頭でも販売しています。
・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。
・1970年代後半に札幌でアニメ関係のサークルに入って活動されていた方、唐沢俊一に関連したイベントに興味のある方は下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。

karasawagasepakuri@yahoo.co.jp


 9月15日に開催予定だった「博覧狂喜演芸会」(唐沢俊一はナビゲーターとして参加)が直前になって中止になったとのこと(立川キウイの小部屋)。こういうことって演芸や演劇ではよくあることなのだろうか。それにしても、毎度のことながらイベントが中止されてもネット上で報告しない唐沢俊一なのであった。誰も興味を持っていないということ?


 本題。今回は岡田斗司夫唐沢俊一『オタク論2!』(創出版)P.74〜P.85「リアルでもキャラは重要だ!」を取り上げる。

唐沢 キャラは本当に大事ですよね。私なんか、帽子かぶったおかげで、かなり楽をしている。
 前はキャップをかぶってみたり、いろんな帽子を試してみたんです。弟(唐沢なをき)のマンガに出るからというので、こういうつば付きのハットにしてみたんです。たまたま、弟とのキャラの対比でこうなったんですが、そのうちに「これは使いやすい」ということになって、本の帯とかに入れるようになった。「帽子に眼鏡キャラ」があるとないとでは、私の本は売れ行きが違うんです。


岡田 唐沢さんて、ソルボンヌK子さんとか、なをきさんが描いているマンガのキャラクターと本人がものすごく一致してますよね。


唐沢 だから、どこへ行ってもすぐ私だとわかってもらえる。普通はたとえば岡田さんだと、ファンの人はおそるおそる近づいてきて「あの、もしかして岡田斗司夫さんですか。違ってたらごめんなさい」となるけれど、私の場合はいきなり「サインしてください」になるわけ。絶対こんなの二人といない、と思われている。でも、実は帽子と眼鏡をかければこうなるわけなんでね。

 この点、唐沢俊一は弟さんに大いに感謝すべきであろう。あの「帽子とグルグルめがね」のキャラクターのおかげで唐沢俊一はだいぶ得をしているのだから。なお、この件に関しては伊藤剛さんが興味深いコメントをされているので7月18日の記事を参照していただきたい。確かに唐沢のコスプレをするのは非常にラクだったけどね(経験者談)。
 しかし、どうして「いろんな帽子を試してみた」んだろう。キャラを立てる手段は他にもあるだろうに。「こういうつば付きのハット」と言われても読者にはさっぱりわからないから困る。

岡田 ぼくは、「キャラ」というのを考えはじめたのが前に唐沢さんの文筆業サバイバル塾を聴きに行ったとき、あれでおっしゃっていた「さかなクンを見習え」という話がありましたよね。「ライターになろうという人間だったら、キャラを立てなくてはいけない」と。例えば香山リカだったら、白衣を着てデカいリボンをつける。さかなクンだったら魚のかぶりものをかぶる、というふうに、「私はコレなんです」というのが、本人の書くものや本人の主張だけじゃなくて、ビジュアルのところからもう押さえなきゃダメだ、ということですよね。

 「文筆業サバイバル塾」に参加していた木全直弘氏は唐沢の教えを守っているようだ(キマタンの部屋)。ライターがみんなかぶりものをするようになったら出版社は人外魔境さながらの様相を呈すのではないかと若干不安になる。まあ、「文筆業サバイバル塾」の主宰者は『スクール革命!』で番組の雰囲気を壊さないように大人しく振舞っていましたが、あれはサバイバルとしてアリなのか。

唐沢 私は、20歳くらいの時かな、百目鬼恭三郎というものすごい辛口の評論家がいて、その人が「これからはテレビに出ない人間がベストセラーを出すことはできない」と言っていたんですね。本人は「憂うべき世の中だ」という意味で言っていたんだけれども、世の中というのは絶対に憂うべき方向に進むものだから(笑)、そうなるんだろうと。テレビには出られないまでも、キャラが立つようには勉強しましたね。

 努力の方向がおかしくないか? プロのライターになるためにはいろいろ努力が必要なはずだけど、「キャラを立てる」というのはあまり優先順位は高くないんじゃないかなあ。だから、デビューするまで時間がかかったのでは。それから、いかにしてキャラを立てようとしたのか詳しく教えて欲しい。アニドウの会誌での妙な文体もその一環なのだろうか。

岡田 これって別に物を書く人だけじゃなくて、一般の人もそうなっていくんですか? キャラが立たないとダメだと。


唐沢 絶対にそうなりますよ。誰もが自分自身のキャラクターを考えないといけない時代になる。
 だから、岡田さんみたいな関西出身の人間に対しては、東京や私みたいな北海道の人間からすると、ホントにコンプレックスを感じる。私なんかまだいい方で、東北出身の物書きなんてのは、本当に大阪出身のヤツらに実力では負けないのに、しゃべりで負けてしまうじゃないですか。

 偏見が凄いな。


関西出身者=話が上手 

東北出身者=話が下手


 …って、そんなことはないだろう。関西弁に対してコンプレックスを持っているというのも「なんで?」としか思えない。江戸っ子ぶったり関西弁にコンプレックスを持ったり忙しい人である。

唐沢 山本弘(と学会会長)も関西。最初にラジオに出たときはただの怪しい兄ちゃんだったんですが、それが15年経ってみると、ホントに他の人間を圧倒するくらいしゃべりが上手くなっている。

 「トンデモ本大賞」を2回観覧しているけど、会長のしゃべりが上手いとは正直…。いや、会長も頑張っているんだろうとは思うし、マジメに話しているから好感は持っているけれど。たどたどしくても一生懸命しゃべればそれでいいと思う。
 そもそも唐沢俊一のしゃべりが上手いと思えないしなあ(岡田斗司夫は上手いと思う)。早口で聞き取りづらいよ。…俺も第2回検証イベント(来年夏開催予定)では頑張ろう。

岡田 キャラづけって、ぼく自分の本にも書いたんですけども、最初に決めちゃうと、後はそれを当てはめられちゃう。
 例えば、色が黒ければスポーツマンキャラだから、何かがんばったとしても「戦略でがんばった」とか「知恵でがんばった」とかじゃなくて、ただ単に「徹夜してがんばった」んじゃないかとか、「足で稼いだ」んじゃないかと思われちゃう。それで、「いい人の顔をしている人」は、どんなに汚いことをやっても「いい人」というキャラクターで扱われるし、「悪人面」の人は幹事長より上に行けないというような……(笑)。

 これも偏見がものすごいなあ。…いや、色黒の人に対してそういう風に思ったこと無いって。だいたい「色黒」というのは本人が「決める」ことでもないじゃないか。「いい人」と思われていたからこそ余計に叩かれることもあるだろうし。

唐沢 (前略)でも、それが一般の人にまで真似されるようになったっていうのは、「キャラ」という概念が広まってからだと思うんです。やっぱり、私はアニメから来たんだと思う。


岡田 「キャラ」っていう概念はそうだよねえ。
 昔のアニメーションのキャラクター作りというのは、外面と内面とに「ズレ」を出すのが魅力であって、一致しているのは脇役だったんですね。例えば、「デブで、カレーをしょっちゅう食っていて」なんてのは脇役だった。今は主役クラスでも、見た目と内面が一致してないと観ている人が納得しなくなっちゃった。暗い過去を持っているヤツは黒い服着てろ、だとか、知的なヤツは眼鏡かけてろだとか(笑)。
 なんかね、そのへんで「予想外」というのが全然なくなっちゃったわけですよね。


唐沢 やっぱり、オタクというのは人間性というのを深く考えたくないわけですよ。
 「単純でいてほしい」と思うわけで、だから「あれは何キャラ」という言い方をする。

 いわゆる「キャラを立てる」という言い方を最初にしたのは小池一夫だとされている(自分は『サルまん』で初めて見た)。
 それに、見た目と中身にギャップのあるキャラは今でもザラにいるけどなあ。例えば、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の高坂桐乃とか。「男の娘」「ロリババア」というジャンルもあるくらいで。…いささか極端な例を挙げてみたけど、岡田は「最近の作品を観ていない」ことを自慢げに話すからなあ。
 唐沢にしても、わかりやすいキャラクターが好きなのはオタクに限った話じゃないのに、なんでオタクを貶める言い方をするんだろ。

唐沢 岡田さんとか私みたいに割り切れる人間だったらいいんだけれども、中には相克に悩む人もいるんじゃないですか。ましてや自分が作ったキャラクターが一旦ネットに取り上げられると、どんどん加速していくし。
 しかも、みんな簡単に信じるんだよね。『社会派くんがゆく!』なんかやってると、読んでいるヤツは「こいつらは本当にこういうキチガイなことを思っているに違いない!」って信じるわけ。現実にあんなこと言うヤツいねえって(笑)。

 『社会派くんがゆく!』の問題点は、「鬼畜」な発言をしている点ではなくて、発言の内容が低レベルすぎるところにある。ここは強調しておきたい。…しかし、いざ批判されると「あれはキャラだから」って逃げるのはみっともないなあ。村崎百郎の「追討」の時も思ったことだけど。

岡田 東浩紀さんが太ったのは大失敗ですよ。
 これがいわゆる「キャラ付け」というやつの恐ろしさ。


唐沢 鋭いことを言うキャラじゃなくなってきたんだよね。オタクであるという意外性がなくなった。


岡田 そうそうそう。「デブだからアニメも観るでしょう」と思われちゃう(爆笑)。
 昔は「東大の先生みたいな偉い人がアニメを観てる! そんな偉い人がアニメを観るなんて、何かあるに違いない」と思われていたのが、今では「デブだからね」ということで完結しちゃった。
 彼は死ぬ気で痩せたほうがいいと思いますよ(笑)。


唐沢 小説で私を殺している場合じゃない、岡田さんのダイエット本を読まなくちゃ、今こそ。


 「オタク=デブ」というイメージがあるとしたら、それが定着した最大の原因は岡田斗司夫だと思うけどなあ。東浩紀は別に太っていないと思うし、岡田斗司夫が痩せたのは果たして「成功」と言えるのだろうか。あと、唐沢が『キャラクターズ』を気にしているのは笑った。

唐沢 スゴいのは浅田彰。デビュー当時から全然変わっていない。


岡田 見てくれが?


唐沢 外見も言うことも変わらず、20年間とっちゃん坊や。あれはスゴいと思う。

 唐沢俊一は本当に浅田彰が好きだなあ。でも、その割りには浅田の著作に触れたことが無いのはどうしてなんだろう。

岡田 偶然うまくいったのは小松左京ですよね。「車椅子」というキャラになってる(爆笑)。あんなに太っていて次どうするんだと思っていたら、いきなり「車椅子」。「この手があったか!」と思いましたよ。


唐沢 またそういうことを言うとネットで叩かれますよ。われわれは非人情キャラだと認定されているから(笑)。(後略)

 はいはい。都合が悪くなったら「あれはキャラだから」と言い訳できるんだからラクですよね。「リアルでもキャラが重要だ!」と言っている割りには肝心なところではキャラを否定しているんだから一体なんなんだろう。「非人情」というよりは「不誠実」だと言える。

岡田 かつてのぼくはデブだったから「オタキング」と言っても通ったわけで、今はキングっぽくないわけじゃないですか。つまりこれで「オタキングの席」は本当に空いたわけだから、今から根性で太れば、誰でもオタキングの席に座れる。

 …そ、そんなんで「オタキング」になれるんだ。いや、なりたい人がいるのかどうか極めて疑問だけど。

岡田 唐沢さんはこのまま黒い服のキャラでいくんですか。


唐沢 今とは全然違う、別系統の図書がヒットして、そのイメージに合わせなくちゃいけないとか、あるいは帽子をかぶっちゃいけない仕事が来るとか、そういうことでもないかぎり、ビジュアルの変更はないと思います。


岡田 あとは、大怪我して「車椅子」(笑)。車椅子はビジュアル変更の最後のチャンスですよ。


唐沢 私は年取ったら、ステッキ持つのがいいかなと思いますね。


岡田 ああ! いいなあ、ステッキ。


唐沢 そしたら和服ですかね。和服に総髪。右翼みたいだねどうも。和服だと太っていなくちゃいけないんだよね。もうちょっとでっぷり太って……。


岡田 ステッキとか車椅子とか、次に体に何か障害が起きたときがイメチェンのチャンスですね。そんなこと考えている人あまりいないよね。


唐沢 あと人工呼吸器とか、メカニックなサイボーグっぽい義手とか、人工音声になるとか。

 誰か大至急唐沢俊一に「帽子をかぶっちゃいけない仕事」のオファーを出すんだ。
 …まあ、それは冗談だとしても、この2人は結局のところ「外見」の話しかしていない。高須クリニック(まだ「ルナティックシアター」に援助してるのかな)にでも行けばいいのに。障害をネタにしているのはあまり愉快じゃないけど、文句を言われたらまた「あれはキャラだから」と言えばいいんだろうね、きっと。

唐沢 キャラを作るときは、体なら体という身体的なキャラクターにすればいいし、それこそチビだろうと何だろうと、それが「キャラクター」になっちゃえば欠点ではなくなるわけ。
 ただ、作りすぎるヤツがいるんだけど、それはダメなんです。キャラ属性に凝り過ぎると、本人が消えてしまうのね。
 今の若い人というのは、どうも自分の身の丈に合わないキャラクター作りをするということをやっているヤツが多いんですよ。それで面倒くさくなっちゃうと、没人格してネットの中に書き込むしかなくなっちゃう。
 でもこれから先、どんな職業選ぶにしてもキャラを作らないと、人の印象に残らない。今の若い子はキャラクター作れないですよ。

 「『宇宙戦艦ヤマト』のブームを札幌から起こした」「手塚治虫に名指しで批判された」「『トリビアの泉』を立ち上げた」…といった具合に「自分の身の丈に合わないキャラクター作り」をしてきた人に言われたくないなあ。良い子のみんなはマネしないでねっ!
 しかも、今までキャラ作りの重要性を説いておきながら、いきなり大した根拠も示さずに「今の若い子はキャラクター作れないですよ」だもんなあ。よっぽど自分より年下の人間が憎いらしい。

唐沢 やっぱり、フレキシブル性を考えないといけない。汎用性が大事なんです。漫才ブームのとき、ザ・ぼんちのりお・よしおが消えて、たけしと紳助が残ったのは、ヨソの場に持っていって使えるか、が問題なんですね。萌えオタでも、そこを基準に政治や宗教まで語れるフレキシブル性を考えないとねえ。

 たけしや紳助は別にキャラだけで生き残ったわけでもないと思う。簡単に「消えた」とか言わないでほしいけどさ。唐沢だって「消えた」とか言われたくないでしょ?


 キツかった〜。第一に偏見バリバリなこと。目を疑う箇所がチラホラと。第二に幼稚なこと。結局、外見の話しかしてないんだもんなあ。対談当時50歳になろうかという人がこれでは…。福田恆存『人間・この劇的なるもの』(新潮文庫)を読んだ方がよっぽどタメになる。「キャラを作ってみんなの印象に残ろう!」というだけじゃ、休み明けにいきなりヤンキーと化す中学生と変わらないよ。




筋肉少女帯 ナゴムコレクション

筋肉少女帯 ナゴムコレクション

万年前座僕と師匠・談志の16年

万年前座僕と師匠・談志の16年

オタク論2 !(2)

オタク論2 !(2)

わぁい! vol.1

わぁい! vol.1

逃走論―スキゾ・キッズの冒険 (ちくま文庫)

逃走論―スキゾ・キッズの冒険 (ちくま文庫)

人間・この劇的なるもの (新潮文庫)

人間・この劇的なるもの (新潮文庫)