唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

グラウンド・ゼロな自信。

ground=根拠。


 今回も『中洲通信』2008年1月号に掲載された唐沢俊一のインタビュー記事「オタクの老後問題を語る」から。聞き手の和田彰二氏の「唐沢さんはもともとライター志望だったんですか?」という質問に対して、唐沢俊一は次のように答えている。

 そうですね。自分自身の能力の中でモノを書くというものが一番秀でているものだと思っていたんで、逆に言うと他の仕事でモノになるわけがないと(笑)。薬大へ行って試験管を振ってみたり、薬屋を継いで薬を調合してみたりという仕事が自分の身に合うわけがないから、これは何だかんだやっても絶対最終的にはモノ書きではなくても業界の人間にはなるだろうと。そういう根拠のない自信はありましたね。今の若いライター志望者さんたちの中には才能のある人もいっぱいいるんですけれど、彼らにないものは、こういう根拠のない自信だと思いますね(笑)。

 まず最初に考えたのが「唐沢俊一のご両親が気の毒だ」ということ。家業を継ぎたくないならハッキリそう言えばいいのに。次に気になったのは「モノ書きではなくても業界の人間にはなるだろう」という部分から見えるギョーカイ好きな部分。結局、クリエイターになりたいというよりは業界人として立ち回りたいということなんだろうな。それから、「根拠のない自信」は誰もが持っていると思う。ただ、そういったあやふやな自信をそのままにせず、努力して「根拠のある自信」にしていこうとしているのであって。「根拠のない自信」をそのままにしておいていいことなどあるのだろうか?と思うし、そんなの自慢することか?と激しく疑問に感じる。

 根拠のある自信は根拠が崩れると自信も崩れる。でも根拠のない自信は崩れようがない。何で根拠がなくても自信があったかというと、オタク活動でいろいろ文章書きに自信のある連中がものを書いていたんだけど、それを見渡しても僕より文章のうまい奴がいなかった(笑)。それこそ根拠のない自信ですね(笑)。

 …いや、自分がチェックした限りでは、『ぴあ』や『FILM1/24』には唐沢俊一程度に文章を書ける投稿者はザラにいましたよ?(詳しくは『検証本VOL.0』を参照) ただ単に鑑賞眼の欠如、あるいは客観性の欠如を自白しているにすぎないのではないか。…っていうか、それなら「根拠のある自信」じゃないか。あまりにも薄弱すぎる根拠だけど。 
 さらに根本的な問題を指摘すると、唐沢俊一って文章上手いか? 古風で難解な言い回しをするから名文を書くと誤解している人もいるのかもしれないけど。
 それと「根拠のない自信は崩れようがない」って、これが50歳を目前にした人(インタビュー当時)の言うことなのか、とガッカリしてしまう。子供の頃は自分が世界の中心だと何の疑いもなしに信じていてもさほど罪はないんだけど、そのまま大人になられると…。
 …このままだとあんまりなので、一応フォローしておくと、唐沢俊一がプロのライターになるために全く努力しなかったわけじゃないと思う。このインタビューでは「自らの成功の秘密を語る」というスタイルで「大した努力もせずにここまで来ちゃいましたよ」と偽悪的に振舞っている部分も多分にあるのではないか。…しかし、今となってはそれが全て失敗の原因になってしまったことが丸分かりなので、それはひょっとしてギャグで言っているのか!?」と腹を抱えて笑った後になんともいたたまれない気持ちになってしまうわけだ。天然も度を越えると哀愁になってしまうのだろうか。


 インタビュアーの和田氏もさすがにどうかと思ったのかも知れない。「ただ、蔵書が2万冊、今でも毎月50冊程度は本を読んでいるそうですが、それははっきりした根拠とも言えますよね」となんとかフォローしようとしている。それに対する唐沢のコメント。

 そうですね。月によって上下はありますけれども書評の仕事をしているので、それぐらいは読みます。ただまるまる一冊を読む形ではないですし、平行して読むんです。鞄の中には社内(原文ママ)で読む本、車の中には通勤用の本、それからトイレの中にも。トイレ読書というのは馬鹿にならないんですよ。私はトーマス・マンの『魔の山』はトイレで読破しました。ハハハ。トイレで3行とか1ページ、2ページ読むだけでも、半年かければあれだけぶ厚い本が読めるんですよ。『魔の山』は学生時代からライター時代まで3回ぐらい、読み込もうとして途中で挫折しているんですね。観念小説なもんで、ストーリーの展開がないんですよ。世界名作であっても展開が面白ければどんどん読めるんですが、ああいう観念的な小説はどこまで読んだのかわからなくなる(笑)。だからトイレに入って少しずつ読み進めていって、一年かからず読破しましたね。

 「車の中には」って唐沢俊一はマイカーを持っていたっけ? あと、「トイレ読書」のおかしさについては2009年6月29日の記事を参照。しかし、『魔の山』に挫折したり『文明の生態史観』に脂汗を流している人が毎月50冊も何を読んでいるんだろう。


 「ライターの世界にはどういうきっかけで入ったんですか?」という質問に対する唐沢の答え。

 大学時代にアニドウ(アニメーション同好会)という日本最古のアニメーション研究会に入って活動していました。それからイッセー尾形のスタッフのような仕事もやっていましたね。実家は薬局で、家業を継ぐというような親からの強制はあったんで、仙台の大学(青山学院大学卒業後、東北薬科大学へ入学)へしばらく行っていたんですが、その頃ライターや制作スタッフの仕事が忙しくなった。また悪いことにちょうどそのとき東北新幹線が通ったんですね(笑)。それで週末のたびに東京へ行って、東京へ行くと忙しいから居続けになってしまうという(笑)。だから仙台の大学は途中で退学させてもらって、それから物書きの本格的に世界に入りました(原文ママ)ね。そういう回り道があったんで、物書きとしては空白期間があった。ライター専門になったのは27、28歳のときなんですよ。

疑問点その1。青学を卒業したことになっているけど本当なのか。
その2。「ライター」というのは、プロとして活動していたということか?
 1984年に『FILM1/24』に投稿しているけど、あれを「ライター」としてカウントしちゃダメだよなあ。
その3。札幌で2年間実家の手伝いをしていたことがスルーされている。
その4。「ライター専門になったのは27、28歳のとき」=1985年、86年ならば、1986年11月に「前説事件」を起こしていることをどのように説明するのか。
 
 …お願いだから「設定」をしっかり練ってください。

 薬大に入ったときに、もうイッセー尾形のスタッフなどはやっていたんだけれども、そこからブランクがあったんです。だから(ライターとしては)再出発だったわけですね。そのときには結婚することも決まっていましたし(夫人は漫画家のソルボンヌK子)、これはもうすぐ喰っていくしかないと。「何か仕事はありませんか? 何でもやります」と。だからこれから苦手な分野を勉強するような時間はなかった。だったらアニメやSFのように非常に狭い分野ではあるけれども、逆に言うとそれだけ突出させればすぐに看板が張れて、「これを頼むなら唐沢」と起用してくれるんじゃないかというふうに思ったんですね。

 「再出発」と言えるほど出発してないんじゃ?と思ったけど、それよりも唐沢俊一は「アニメやSF」でそれほど仕事をしていないような気がする(特に初期は)。別に詳しくもないしね。デビューから今まで勉強する時間が無かったと考えると、数々のP&Gも理解できるような。

 というかサブカルの分野が滅亡に近い有り様ですからね。生き残っているのが私ぐらいしかいないという(笑)。

 「滅亡に近い」のは一体誰なんだろう。

 一旦クサビを打ち込んで業界に入れたら、今度はその穴をどれだけ拡げることができるか。それが(業界の中で)生き残っていくということですね。やはりフリーの職業には2つのハードルがあって、ひとつはデビューすること、そしてもうひとつは残っていくことなんです。 

 この言葉に和田氏は「身に沁みますねえ」と感想を漏らしているが、今の時点でこの言葉を読むと本当に身に沁みる。唐沢俊一がプロとしてデビューして今までやってきたのは凄いことだと心から思いますよ、ええ。


 この後、小野栄一のプロダクションの負債を肩代わりして、返済のためにレディコミの原作を書いて荒稼ぎしたおなじみの話になるけど、これも調べる必要があるなあ。

 本棚のひとつ分くらいは薬の本で埋まっていたわけです。(興味はなくとも)「資料はあります!」と言えるわけで、これは強いなあと。オタクというものは情報を収集するものなんですね。オタクが気味悪がられるのは情報のインプットとアウトプットのうち、インはするけれどもアウトをなかなかしないとこと(原文ママ)にあるんですね。

 『薬局通』『クスリ通』の著者が薬に興味が無かったって…。じゃあ何に興味があったの?と思ってしまう。「オタク」「鬼畜」「雑学」「トンデモ」にも興味があるのか怪しいところだな。アウトプットしているオタクも気味悪がられていると思うけど。

 僕はこれまでの物書き人生においては奥義を極めた専門家ではないけれども、すごいものを人に教えたいという、橋渡しの役を務めてきたと思うんですね。オタクもそうで、普通の人が子供だましと思っているアニメがどんなに素晴らしいものか、という一種の啓蒙活動のつもりでした。オタクになると、話題が豊富になるよ、と。お天気と身体の具合とテレビの話だけじゃない、人生を楽しむツールとしての雑談をマスターするために、雑学やオタク的な知識というものを普及しようと思っているわけです。

 「橋渡し」をしていたはずの人間がさらに「橋渡し」されちゃっているわけか。…しかし、唐沢はここで「オタク」や「雑学」を「役に立つもの」として語っちゃっている。なにせ「人生を楽しむツール」だもの。やっぱり『トリビアの泉』の前後で明らかに転向しているよなあ。あと、唐沢が「啓蒙」したことなんかあったっけ? まずは自分の蒙を啓いてほしいけど。

 雑学エッセイの極みを書く方が伊丹十三さんだと思っているんですが、あの方の本を大学時代に読んで「これが知識を面白く伝えることだよな」と感動したんです。その伊丹さんも「私は空っぽの袋に過ぎない。そこへいろんなものを詰め込んで、それをみんなに見せているんだ」というようなことを書いているわけですね。

 「私は空っぽの袋に過ぎない」というのは、伊丹十三の場合は「謙遜」になるが、唐沢俊一の場合は「事実」になってしまう。



 今回はなんといっても「根拠の無い自信」がショックだったなあ。自分はもう若くはないけど努力していかなければ、と痛感させられた。その点は唐沢俊一に感謝したい。あなたは最高の反面教師だよ!

 ちなみに、『中洲通信』のインタビューをもう1回取り上げるつもりだが、今回同様に「あまりに可笑しくて悲しくなる」発言が炸裂しているのでお楽しみに。


 次回は夏コミのレポートをやる予定です。そろそろ書かないと忘れそうだ。


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・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。
・1970年代後半に札幌でアニメ関係のサークルに入って活動されていた方は下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。

karasawagasepakuri@yahoo.co.jp

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