唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

天国にむすんでひらいて。

タコシェにて『唐沢俊一検証本VOL.1』『唐沢俊一検証本VOL.2』『トンデモない「昭和ニッポン怪人伝」の世界』、通販受付中です。タコシェの店頭でも販売しています。
・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。
・1970年代後半に札幌でアニメ関係のサークルに入って活動されていた方は下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。

karasawagasepakuri@yahoo.co.jp

 藤岡真さんのtwitterより。

唐沢俊一が非常に困窮していると人づてに聞いた。そりゃそうでしょう。唐沢さん仕事減ってませんよ〜wwwwなんて書き込みも見ないしなあ。まあ、なんのダメージもないと思っているのは社会の空気を知らない厨房だけだろうね。ボディブローって効くんだよ。

 自分もだいぶ前にその手の話をいくつか聞いています。まだ『フィギュア王』の連載があった頃の話だから、今はさらに厳しくなっているんじゃないかと心配。唐沢俊一がベストセラーでも出してくれれば、うちのブログも注目されるだろうから頑張って欲しいところ。なお、藤岡さんのつぶやきに触発されたのか、唐沢俊一スレッド@2ちゃんねる一般書籍板には唐沢俊一の収入は今でも1000万を超えている」と豪語しつつなぜか伊藤剛さんを貶める謎の人が登場している。ぜひとも収入の内訳を知りたいものである。
 ちなみに『ラジオライフ』8月号に載っていた唐沢俊一の近況。

昨年東京で公演した京極夏彦原作の芝居『南極(人)』の地方公演が決定!ただいま打ち合わせ中。詳細を待て!

 この人の本業は一体何なんだろう、と何度目になるかわからない疑問が心に浮かぶ。はたして『ラジオライフ』の読者は唐沢俊一の演劇に興味があるのかどうか。そもそも連載そのものに興味があるのかも気になるけれど。


 では本題。今回は『熱写ボーイ』8月号に掲載された、唐沢俊一『世界ヘンタイ人列伝』第17回「純潔か魔性か……湯山八重子の死」を取り上げる。湯山八重子というのは『天国に結ぶ恋』で有名な坂田山心中で服毒自殺した令嬢である。
 さて、例によって唐沢俊一のミスを取り上げていくのだが、事件の事実関係を頭に入れておいた方が理解しやすいと思うので、坂田山心中について簡単に説明しておく。


1932年5月9日、神奈川県大磯の坂田山で調所五郎と湯山八重子が心中しているのが見つかり、遺体は近くの寺に埋葬される

心中の翌朝、八重子の遺体が墓から盗まれているのが見つかり、その後遺体は海岸近くの船小屋で発見された

警察の捜査で墓掘の橋本長吉が八重子の遺体をもてあそぶために盗んでいたことが発覚する

検視の結果、八重子の「純潔」が証明される

新聞に載った「天国に結ぶ恋」というフレーズが受け、事件は歌謡曲・映画の題材となった


 まず、ひとつめ。

 二人は思い詰めたあまり、心中を決意する。大磯の林の中、五月の風がさわやかな中に二人は入り、咲き誇る花畑の中に座って、二人で鈴木三重吉の童謡などを歌った(後略)

 …この説明って、心中の一部始終を目撃していないとできないんじゃないかな? なんで二人が「歌った」ことがわかるんだ? 現場が「林の中」なのか「花畑の中」なのかよくわからないし。なお、実際の現場には二人が持ってきたらしい鉢植えがひとつ置かれていたとのこと。


 ふたつめ。

もっとも、その裏で、この心中で二人の仲が公認になってしまうことを嫌った八重子の実家が、娘の死体を取り戻そうとしたのではないか、という線でも捜査していたらしい。家の名誉のためなら、実の娘の死体でも掘り返して盗み出す、戦前の日本における、“家”というものに対する女性の立場は、このようなものだったのだ。

 …いや、それはどうなのか。唐沢俊一にしては珍しく「左」がかった物言い。


 みっつめ。

 ……で、八重子の墓を掘り返した犯人は、身近にいた。墓掘の親分の長吉爺さんである。二人の仮埋葬のときに用事で立ち会えなかったことを残念に思った彼は、その後の報道で八重子が美人である、ということを聞くにつけ、好奇心にかられ、いても立ってもたまらなくなって、ついに墓を掘り起こし、“自分専用の死体”にするために、運び去ったのである。この爺さんが前からそういう趣味があった者なのか、新聞に載った八重子の写真にひと目惚れしたものなのかはわからない。

 実際のところ、長吉は家族から「寺に美人が埋葬された」話を聞いて墓を掘り返そうと決意したことになっていて、心中が発覚した当初はありふれた事件として新聞でも極めて小さな扱いしかされていなかったことからも(第一報には八重子の写真は載っていない)、長吉が報道に影響されたというのは考えにくい。


 ここまで取り上げたのは単純ミスだが、次はコラム全体から見て構成がヘンな部分である。
 唐沢俊一は今回の文章の締めで、八重子は生前に五郎を惹きつけただけでなく死してなお長吉を惹きつけた魅力の持ち主だった、とまとめているのだが、不可解なことに文章の中盤で「五郎の魅力に八重子がまいってしまった」話を長々としているのである。

 どこか不幸の陰を背負った、精神的にひ弱な部分を持ったインテリ男……今も昔も、そういうタイプは何故か女性にもてる。同情が愛情にかわり、かつ、この人と苦しみを分かち合って、不幸を背負ってあげたい、二人一緒に苦しんであげたい、と思い込むようになる。ある意味、女性にとって魔の男、と言えるだろう。いったんその男の苦しみを自分の苦しみとして受け取ってしまうと、それが彼の苦しみを軽減するどころか、倍加させてしまい(なにしろ、苦しみを一緒に背負うのが女性にとって快感なのだから、軽減させる努力などはしないのである)、結局破滅への道を一直線に突き進むしかなくなるのである。

 …という具合に五郎の「魔性」について語っているのに、八重子の「魔性」については全く触れていないので、「一体全体今回のコラムのテーマはなんなのよ?」と言いたくなる。別に五郎がダメ人間だから二人は心中する羽目になったわけでもないのだけど。唐沢俊一が「インテリ男」として五郎に自己投影するあまり長々と語ってしまったのかも、と穿った見方をしてみたり。…そういえば、以前『社会派くんがゆく!』の書き下ろしコラムで、心中しようと女と一緒に大阪まで逃げたことがある、とか書いてたっけ。


 さらに言えば、唐沢俊一が八重子の「純潔」についてまったく疑問に感じていないのが不思議で仕方ない。…いや、だって、これから心中しようとする二人が最後に肉体関係を持たないものなのか?と考えてしまうし、長吉がわざわざ八重子の遺体を盗んでおきながら愛撫するだけで満足するのか?とも考えてしまう。…こんなことを書くと俺の方が鬼畜みたいだけど、「大丈夫だろうか、そんなに素直で」と久々に思ってしまう。
 坂田山心中についてざっと調べてみたところ、八重子の「純潔」については二つの説があるようだ。ひとつめは検視をした医者がウソをついていたという説。八重子の遺体が凌辱されなかったことにしておこう、という配慮をはたらかせたというわけだ。また、医者はただ単に「遺体は凌辱されていなかった」と言っただけなのに「八重子は処女だった」と誤解されたのではないか?とも言われているらしい。もうひとつの説は「地元の政争に利用された」というものである。実は大磯警察署の前署長が事件の黒幕で、自分を失脚させた水産会社の社長に復讐するために、長吉に八重子の遺体を盗ませて船小屋の近くに埋めさせたのだという。迷信深い漁師を船小屋に近づかなくさせ、水産会社に多大な損害を与えることを狙ったとのことだ。…いささか荒唐無稽な話だが、これなら八重子が「純潔」だったことについてうまく説明できるのは確かである。「遺体が凌辱されずに見つかった」というのが、この事件の大きな謎なんだから少しは考えてみたらいいのに。


 それから、唐沢俊一は今回のコラムを書くに当たって、どうやら佐藤清彦『にっぽん心中考』(文春文庫)くらいしかチェックしていないようで、かなりウンザリしてしまった。『世界ヘンタイ人列伝』の文中で『にっぽん心中考』の名前が挙げられていたので一応チェックしてみたのだが、コラムに出てくる事件の事実関係は『にっぽん心中考』ほぼそのままで、部分的にウィキペディア「大磯浪漫」も参考にしているようだが、プロのライターが文庫本一冊だけを参考にしてコラムを一本書き上げてしまったかと思うと、寒々しい思いにとらわれてしまう。…自分が大学でレポートを書いていたときも参考文献を何冊か読むのは当たり前だったんだけどなあ。ある意味いい度胸だと感心する。
 本の中に書かれてあることが事実のすべてであるわけがないし、まして1冊の本だけに頼って文章を書くのはあまりにも危険なことである。複数の資料を読み込んだうえで自分なりに情報を取捨選択をすべきなのではないだろうか…って、プロに向かってなんでこんなことを書かなきゃならないのか。自分は今回の記事のために資料をいくつかチェックしてみたのだが、たとえば奈良本辰也邦光史郎『情死の歴史―陰の日本史』(日本書籍)によると、「八重子の姉は精神に異常をきたした軍人の夫に斬殺されていた」というものすごいエピソードが載っていて、これは八重子を「魔性」の持ち主にしたいのならいいネタなんじゃないかなあ、と思ってしまった。また、これは『にっぽん心中考』にも出てくる話なのだが、五郎は実は調所広郷の曾孫で(名字でピンときた人もいるかもしれない)、つまり五郎は曽祖父と同じく服毒自殺をしているわけで、こういったことも取り上げればいいのに、とも思った。個人的には「インテリ男」よりはこういったトリビアの方がよっぽど面白いのだけど。資料を調べればいいネタを確実に拾えるのだからサボってはいけないね。

 ひとつ痛感したのは「文章を読めば、事前にどの程度調べたか、どれくらいの知識を持っているか、ハッキリ分かってしまう」ということで、唐沢俊一にしてみれば「一般向けに薄めた」とでも言いたいのだろうけど、「濃さ」というのはどうしたって隠せないし、逆に言えば「ウスさ」というのも隠せないものではないだろうか。そもそも『熱写ボーイ』という雑誌は一般向けじゃないのだから、唐沢俊一には「濃さ」をセーブせずにのびのびとやってほしいものだ。


出だしが『函館の女』に似ている。キリンジにも同名のナンバーがある。

むすんでひらいて

むすんでひらいて

3

3

天国に結ぶ恋 (1)

天国に結ぶ恋 (1)

にっぽん心中考 (文春文庫)

にっぽん心中考 (文春文庫)