唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

別の意味で奇跡の人。

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 唐沢俊一の同人誌『Bの墓碑銘』は、サブタイトルに「21世紀B級映画追悼録」とあるにもかかわらず、コアな映画ファンでなくても知っている名優や名監督も追悼されているので少し戸惑ってしまう。ただ、「あの名優がこんな映画に出ていた!」とか「あの名監督がこんな映画を撮っていた!」という切り口から語ることによって、故人の偉大さをあらためて知ることができる、とも考えられるので、「B級映画追悼録」で名優や名監督を追悼してはいけないことはないと思う。では、唐沢俊一が「追討」でなく「追悼」できているのかどうか見てみよう。

 
 最初はアン・バンクロフトアカデミー賞主演女優賞を獲っている名女優なので『Bの墓碑銘』で取り上げるにしては違和感がある人だ。ちなみに、『Bの墓碑銘』中巻P.71〜72に載っている文章と「裏モノ日記」2005年6月20日の文章はほぼ同じなので、日記の文章を紹介しておく。

『奇跡の人』『卒業』『リップスティック』などで名女優の名をほしいままにしていたが、どうも“こわいおばさん”のイメージであまり親しめない女優さんだった。ハリウッドの演技にあきたらずブロードウェイに自ら乗り込み、そこで演技派として頭角をあらわし、当たり役『奇跡の人』のサリバン先生の映画化でハリウッドに錦を飾り、見事アカデミー主演女優賞を獲得、という努力結実派なのも、なにか私のようなグウタラには親しみがわかなかった。ただしこの人、何故かどういうわけかあのドタバタ喜劇のメル・ブルックス監督の奥さん。旦那の撮った『サイレント・ムービー』では頭をぶつけて寄り目になっちゃう、なんてギャグをやってこちらをアッケにとらせた。ただし、それで彼女に親しみを抱いたかというと、やはり偉い名女優が、ときにはこんなオチャラケもやってエラいでしょ、というような部分がかえってハナについたのだからどうにも。『エレファント・マン』の、主人公メリックから秘かな愛情を送られる慈善家の貴族夫人の役も、今の自己満足ボランティアどもの原型みたいな感じで好きでなかったし、『トーチソング・トリロジー』の、息子がゲイであることを理解しようとせず、“ゲイの息子を持った母の会”みたいなところにすぐ所属して自分を被害者の位置においてやっと満足を得る、という役も大変にエグくて、これはなるほど、バンクロフトほどの演技力と、ついでに言えばキャラクターでないと出来ない役だなあ、と感心したくらいだ。しかし、これだけ私の神経にさわる、逆に言えば印象に必ず残る個性を持った女優さんというのもなかなか他にはおらず、今にして 思えばやはり名女優にして大女優だったのだな、と思う。

 長々と書いているが、「世間では名女優と評価されているかもしれないが、自分にとってはどうも気に食わない人だった」と簡単に要約できてしまう。…いや、それなら追悼するなよ、と思うし、そんな追悼文をわざわざ同人誌に載せるか?とも思ってしまう。本で読んでものすごくヘンな感じがした。「神経にさわる」というだけで長々と文句を書けるモチベーションには感心せざるを得ないけど。
 ちなみに、アン・バンクロフトメル・ブルックスの息子のマックス・ブルックスは作家として活躍していて、『WORLD WAR Z』(文芸春秋)というゾンビ小説が最近日本でも発売された。


 もう一人はマーロン・ブランド。…この人も『Bの墓碑銘』で取り上げるような人とは思えないが、とりあえず見てみよう。『Bの墓碑銘』中巻P.32〜33より。

私の母はどちらかというとケイリー・グラントのような、クラシックな美男が好みであり、ブランドのような肉のついた、ぬめっとした男は気味が悪いと敬遠していたが、『波止場』(1954,「ON THE WATERFRONT」)を観ていっぺんで参ってしまったそうである。演技している俳優の背中からオーラが立ち上っている、という感覚を覚えたのは私もこのブランドが最初である。もっとも、アクターズ・スタジオ出身者の多くがそうであるように、映画全体のイメージをぶちこわすほどのオーバー・アクトに凝る傾向がある(なにしろロバート・デ・ニーロクリストファー・ウォーケンハーヴェイ・カイテルデニス・ホッパージョン・マルコビッチ等々を生んだワークショップである)俳優であり、記憶に残るその演技の多くは好演とか熱演でなく、“怪演”だった気がする。代表作『ゴッドファーザー』(1972,「The Godfather」)のドン・コルレオーネ自体、もうぬいぐるみ演技みたいな大怪演だったし、私にとっての代表作『ミズーリ・ブレイク』(1976,「The Missouri Breaks」)の“整理屋”クレイトンのキャラクターの異様さは、ブランドでなければ演じられない、アクが強いどころかアクだけで本体がないような役であった。しかし、外面がこういうタイプほど、実際は神経が繊細なのかもしれない。実は彼はアダルト・チルドレンアルコール依存症の両親から生れた子供)であって、孤独な幼年期をすごし、そのため、他人との良質な人間関係を結ぶのが不得意であった。彼の撮影所での暴力や反抗といった武勇伝は多くはこのためである。また、後年、太ってきてしまったのも、ストレスがたまると過食症になる体質だったからだそうだ。日本にも案外縁がある人で、代表作に『八月十五日の茶屋』(1956,「The Teahouse of The August Moon」)『サヨナラ』(1957,「Sayonara」)と、二本も日本を舞台にした作品があるし(前者ではなんと“日本人の”役をやっている)、椿八千代とかいう日本女性 と同棲していた、という話もあるのだが、彼女はどうなったのだろうか。

 一言で言えば「ウスい」。だって地獄の黙示録』も出てこないんだもの。マーロン・ブランドなんか面白いエピソードに事欠かない人なんだけどなあ。『DNA』でラジー賞を獲ったり、『キャンディ』にも出ているし(おなじみ「最低映画館」を参照)。あと、マイケル・ジャクソンのPVにも出てたり。

 ついでにミスを指摘しておこう。『八月十五日の茶屋』は間違いで、正しくは『八月十五夜の茶屋』終戦記念日の話だとカンチガイしたのだろうか。マーロン・ブランドはこの映画で「サキニ」という沖縄人(『八月十五夜の茶屋』の舞台は1946年の沖縄)を演じているが、どうしてもマーロン・ブランドにしか見えない

 なお、マーロン・ブランドはこの映画の日本ロケの間に清川虹子を口説いていたという噂がある。あと、淀川長治がエキストラで参加していたり(ただし普通に見ていても気づかない)、『安里屋ユンタ』にのせて「沖縄いいとこ 一度はおいで」と歌っているヘンな場面があったりする。『ベスト・キッド2』みたいに大外ししているわけじゃなくて、それなりに考証しているのがかえって可笑しい。

この映画の「沖縄」は本当にヒドい。


 『昭和ニッポン怪人伝』のときにも痛感させられたのだが、唐沢俊一はメジャーなネタを扱わない方がいい。「裏モノ」ならまだボロが出にくいからね。

WORLD WAR Z

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