一万一千の無知。
・タコシェにて『唐沢俊一検証本VOL.1』、『唐沢俊一検証本VOL.2』、『トンデモない「昭和ニッポン怪人伝」の世界』、通販受付中です。タコシェの店頭でも販売しています。
・初めての方は「唐沢俊一まとめwiki」、「唐沢俊一P&G博覧会」をごらんになることをおすすめします。
・吉田豪さんのポッドキャスティング番組『豪さんのポッド』第153回で「唐沢俊一vsみうらじゅん」という話がちょっとだけ出てきています。唐沢俊一が喜国雅彦のことをバカにして、それでみうらじゅんが怒ったらしい。たぶん、喜国雅彦とは「古本」という活動範囲がカブるから、それで攻撃したのだと思う(過去にも同様のケースあり)。もしかすると、『三丁目防衛軍』のことをバカにしたのかもしれないけど。ちなみに、唐沢なをきは喜国雅彦の影響で本棚を自分で作りまくるようになったとのこと(『とりから往復書簡』2巻より)。
で、「裏モノ日記」をチェックしてみるとこんなことが書いてあった。2000年3月10日より。
食後、ロフトプラスワンにちょっと顔を出す。青林工藝舎アックスのイベント。楽屋が息苦しいほどの人の入り。河井克夫、古屋兎丸、D、花くまゆうさく、根本敬、平口広美各氏に挨拶。井上デザイン一行も来ている。河井さんの本とDちゃんの画集を、今度書評で取り上げると約束。睦月さんが外に居たので楽屋へ呼び入れる。三人で佐川さんの話題。“あの人はもう、あれで仕方ない人ですから(睦月)”“じゃあ仲直りします?(根本)”“とんでもない!(睦月)”(笑)。陣中見舞いだけのつもりだったが、手塚さんに壇上にあげられた。何か壇上を一心不乱に見つめている、といった感じのお客さんたちで、私のイベントなどとは雰囲気が全然違い、ガラにもなくあがりまくった。壇上でみうらじゅん氏とお互い苦笑しながら(ラジオやネットで互いの悪口言い合った仲)挨拶。みうら氏には今度の単行本の解説を頼んでおく。壇を降りたらいきなり三人くらいに連続でサイン求められた。
この「悪口」というのがそうなのかなあ。「単行本」というのは『ホラーマンガの逆襲 みみずの巻』(光文社文庫)のこと。しかし、唐沢俊一とみうらじゅんは活動範囲がカブっているようで意外に接点がなく、活動の中身もだいぶ違っているのが興味深いので、この点はいつか考えてみたい。岡田斗司夫との「オタク対談」で唐沢俊一が「マイブーム」について語っているのも参考までに挙げておく。
・では本題。今回は『熱写ボーイ』6月号に掲載されている唐沢俊一『世界ヘンタイ人列伝』第15回「愛国者のポルノ小説」を紹介する。
不景気にあえぎ、トヨタやマグロでバッシングされ続ける日本をはげまそうというおせっかいか、NHKは司馬遼太郎の『坂の上の雲』などをドラマ化している。日露戦争は確かに日本が世界の大国・ロシアと戦って勝利を収めた歴史的な戦争だ。しかし、日露戦争について、われわれが読むことができる資料というのは、ほとんど日本側のものばかりである。
NHKが『坂の上の雲』のドラマ化を発表したのは2003年なので「トヨタやマグロ」の件は関係ない。「など」って『坂の上の雲』以外にNHKが日露戦争ものをやっているのかどうかも気になるけど。
さて、『坂の上の雲』と同じく日露戦争を題材にした小説として唐沢俊一が取り上げているのが、ギョーム・アポリネール『一万一千(本)の鞭』である。今回のコラムはアポリネールの生涯と『一万一千の鞭』の内容の紹介に大半があてられている。ただ、唐沢はアポリネールを
世紀末のパリに咲いた天才芸術家
としているが、アポリネールが活躍したのは20世紀初頭である。また、アポリネール夫人の名前を
ジャクリーヌ・コルプ
と書いているが、“Jacqueline Kolb”なので「ジャクリーヌ・コルブ」なのでは。濁点と半濁点を間違えるのが当たり前のようになっているな。
しかし、今回のコラムは「タイトルに偽りあり」と言うべきものである。何故なら『一万一千の鞭』が発表されたのは1907年(発売直後に発禁)だが、唐沢俊一は以下のように書いているのだ。
これらの連続失恋が原因か、世紀末的頽廃の代表者のように思われていたアポリネールはいきなりウルトラ愛国者となって第一次世界大戦に一兵卒として従軍、砲弾の破片を額に受けて脳を負傷し、記憶喪失になった。
…ならば、『一万一千の鞭』を書いた時点ではアポリネールは「愛国者」ではなかったことになるのではないか。…というか、その後には『一万一千の鞭』についてこんなことも書いてある。
とにかく、いまだ愛国者に変貌する前の、頽廃者アポリネールの作品だけあって、全編ことごとくがエロとグロの集積といっていい奇書、である。
それなら「頽廃者の書いたポルノ小説」というタイトルにすべきだよなあ。
さらに付け加えるなら、ポーランド国籍だったアポリネールが自らフランス軍に志願して出征したこと(のちにフランス国籍を取得している)や、他国の兵士として第一次世界大戦に参加したアポリネールと、ルーマニアの貴族でありながら日露戦争に参加した『一万一千の鞭』の主人公・ヴィベスク公との奇妙な符合も興味深いのだが、唐沢俊一はそこらへんをスルーしてしまっているので、なんとももったいない。
では、唐沢俊一が『一万一千の鞭』のどのあたりに興味を持っているかというと、残虐描写である。『一万一千の鞭』のクライマックスで、ヴィベスク公が少女を犯して殺すシーンを引用して、
世にもひどいことをする。
と評したうえで、
女性との恋愛の最中にこんな小説を書くというところを見るに、アポリネールという人間が次々と女性との関係を失敗させていった、その理由がわかるような気がする。もちろん、それは彼自身の異常さの他に、戦争という異常行為の寓意でもあるのだが。
作者個人のキャラクターと作品の内容をゴッチャにしてはいけないって。エロやグロを扱っているクリエイターが全て性格破綻者とでも言うのだろうか。『血で描く』を読めば、唐沢俊一夫妻が別居している理由がわかるのだろうか。…まあ、お気に入りの麻衣夢の写真を使っているあたりからは察しがつくような気もするけど(詳しくは2008年8月22日の記事を参照)。それに『一万一千の鞭』では、ヴィベスク公が出征する前に既にエログロや暴力が出てくるので、それを「戦争という異常行為の寓意」と解釈するのもどうかと思う。
そして、唐沢は『一万一千の鞭』からもうひとつ、キリエムという名の日本人娼婦が銃殺刑にされるシーンを引用したうえで次のようにまとめている。
この作品の翻訳者である須賀慣氏は、富士見ロマン文庫版のあとがきで、この作品を
「健康な青空の下で読む好色小説」
と言っているが、私にはこういう描写を見た以上、そうはとても思えない。むしろ、この作品の、超残酷なことをあっけらかんと行い、人間の尊厳をまるで無視したこの小説にアポリネールの、人間と社会に対する、どこまでも深い絶望を見る。大戦への彼の参加は愛国心の発露というよりは、死に場所を求める心の叫びだったのではあるまいか。
河出文庫版の訳者である飯島耕一によると、ラルースの『世界文学事典』でも『一万一千の鞭』は「ラブレー的な健康とユーモアに満ちた作」とされているそうだし(日本版では「艶笑譚」とそっけなく紹介されているだけ)、ロベール・デスノスもユーモアを評価しているという。自分も検証に当たって河出文庫版を読んでみたが、ズレた日本の描写は結構笑えた。たとえば、キリエムのこんなセリフ。河出文庫版P.73より。
それからある兵器商人が私を夢中にさせた。彼はカマクラのダイブツのように美しかった。
どんな美しさなんだろう。それから、ヴィベスク公(モニイ)と日本の将校の会話。P.98より。
「それであなたは」と、モニイは尋ねた。「戦争に来てから、女を抱く欲望は持たないのか?」
「私は」と、その将校はいった、「欲望が強く起こる時、春画をじっと見つめながら、自慰をする!」。そして彼は、驚くべく卑猥な木版画のたくさん入った小さな本を、モニイに披露した。それらの本の一つはあらゆる種類動物、猫や鳥や犬や魚や、蛸とまで交わっている女たちを表わしていた。醜い蛸はその吸玉のついた腕で、ヒステリーにかかった娘の身体をしめつけていた。
「われわれの軍隊の兵士たちや将校たちはみんな」と、その将校はいった。「この種の本をもっている。彼らはこうした淫猥な図を見ながら、自慰をして、女なしでいることができるのです」
旅順の日本軍、わりとマニアックな趣味なんじゃ…。ともあれ、こういう小説を読んで、「深い絶望」だの「異常行為の寓意」だのと捉えるのは「ヘンタイ」としてのセンスに欠けると思う。…そういえば、『一万一千の鞭』を読めばすぐにサドを連想するはずだし、実際アポリネールはサドに多大な影響を受けているのだが、唐沢はそれもスルーしているな。『一万一千の鞭』が「読めない」んじゃサドも「読めない」と思うけど。
また、コラムの中で唐沢俊一はアポリネールが戦場から恋人にエロい詩(『あんたの肉体の九つの戸口』)を送っていることに呆れているが、「死に場所を求める」人間がそんなことをするか?
今回のコラムの最大の問題点は、唐沢俊一が『一万一千の鞭』にあまり興味が無いことだと思う。文章を読むと、明らかに「熱」がないのを感じてしまうのだ。書き手がテーマに興味が持てないまま書いても、読み手が面白く感じるはずがない。…まあ、書き手にテクニックがあれば話は別かもしれないけどね。唐沢の場合、『トンデモ美少年の世界』に載っている文章なんかはだいぶノリノリで書いているんだけどなあ。アポリネールやサドが趣味に合わないのか、生命力が衰えたのか、どちらかの理由で文章に「熱」がなくなってしまったのだと思う。エロやグロに興味を持つのは生命力の表れだと思うので、唐沢俊一もスタミナのつくものを食べて頑張ってもらいたい(糖尿の人にこんなことを言ってはいけないだろうか)。
個人的な事情でしばらく更新をストップすることにします。最悪でも5月20日には再開する予定ですが、新しい情報があれば記事にするつもりです。たとえば、『本を捨てる!』緊急発売とか。…っていうか、唐沢俊一、昨日になっていきなり新しい「追討文」を発表しているんだよな(マイケル・パタキ、ミスター・ヒト、井上ひさし、ロバート・カルプ、清水一行)。
やっぱり休めないのかなあ。
※ 一部記述を修正しました。
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