シネマいいのに。
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唐沢俊一と唐沢なをき『唐沢商会のマニア蔵』(スタジオDNA)には『月刊少年キャプテン』で連載されていた『シネマもろとも』という映画評が収録されている。唐沢俊一が文章を書き、それに唐沢なをきがイラストをつけるという形式なのだが、これが実に面白い。何が面白いのかというと、まず第一に唐沢俊一が妙にお高く留まっているところ。まあ、実際のところは今でもお高く留まっているのだが、それとは少し性質が違って「映画マニア」としての自意識というかプライドの高さが見えるのが面白いのだ。第二に妙に脇の情報ばかりを取り上げているところ。これは「映画マニア」だから普通に取り上げたくない、と考えたのかもしれないが、正直に言って唐沢の映画評を読んでも紹介されている映画を観たくはならない。最低限必要な情報を押さえずに脇の情報ばかり紹介されても読者としてはどんな映画なのかわからずに困ってしまう。そんなツボの外し方が面白い。
ただ、『シネマもろとも』については唐沢兄弟は苦労したようなので、そのことも考慮すべきだろう。P.157より。
なをき これが一番恥ずかしいかな。文章も今の唐沢俊一風でなく、何かまじめに映画評しているじゃない。イヤだなあ。オリコウさんっぽくて。イラストもギャグも成立しているんだかなんだか。すごく中途半端。
俊一 でも、向こうはマトモな映画評をしてくれと頼んできたんだよ。あまりにマニアックすぎるって原稿の書き直しを食った回が数回、ある。(後略)
では、「マトモな映画評」ができているのかどうか実際の文章にあたってみることにしよう。『マニア蔵』P.113より。
映画に限らず小説でもマンガでも、予備知識ゼロで接して理解できるものなどほとんどない。『ネバーエンディングストーリー2』☆☆のようないわゆる続編ものが前作を見た観客を想定して作られているのは当然として、例えば中世の異端裁判を描いた『黒の過程』☆☆☆を宗教の知識なしに見てもついていけるものではないだろうし(実は僕らもよくわからんかった)、また、アメコミを見たことも聞いたこともないおっさんが『ディック・トレイシー』☆☆☆を見たとしても、「なにやっとんじゃこれは」としかいいようがないだろう。
『シネマもろとも』では100点満点で採点をしていて、☆=20点、★=10点ということになっている。さて、「予備知識がないと楽しめない映画」があるのは確かだろうが、全ての映画がそうだとは言えない。映画にしろ小説にしろマンガにしろ未知の作品に出逢う楽しみというのはあるしなあ。あと、余計な知識をつけているせいでかえって楽しめないということもある。唐沢俊一は『ディック・トレイシー』について間違った知識を披露していたけど(詳しくは藤岡真さんのブログを参照)。
今やカルトとなっているP・K・ディックの小説も、このひとの作品が必ずひきずっている自己認識の崩壊の恐怖というのは、’70年代の、ベトナム戦争の後遺症にあえいでいるアメリカ社会という背景なしでは、ちょっと理解しがたいものであるはずなのだ。したがって、そこへの執着をスッとばして映画化された『トータル・リコール』☆☆★は何とも妙てけれんな感じの作品になってしまっている。
『トータル・リコール』の原作である『追憶売ります』(We Can Remember It for You Wholesale)が発表されたのは1966年である。「’70年代の、ベトナム戦争の後遺症にあえいでいるアメリカ社会」ねえ。『流れよわが涙、と警官は言った』(74年)、『暗闇のスキャナー』(77年)あたりならアリだったのかなあ。唐沢俊一が読んでいるのかどうかは知らないが。
もうひとつ気になるのは、唐沢俊一は後年になって「映画から社会を読み解こうとする」試みを否定しているのだが、ここではモロに分析している(詳しくは11月10日の記事を参照)。いつ考え方を変えたのか教えてもらいたいところだ。それともやっぱりアカデミズムが憎かっただけなのか。それにしても具体的に作品を評していないのはいただけない。唐沢は『スターシップ・トゥルーパーズ』も「何とも妙てけれんな感じ」の一言で済ませてしまうのだろうか。
そこへいくと東宝の『大誘拐』☆☆☆★は、岡本喜八という監督に対する予備知識がなくても十分に楽しめる。いわば喜八映画入門編、といった感のある佳作で実に楽しい。若いファンはまずこの作品を見てから『ああ爆弾』『幽霊列車』といった傑作に接すればいいだろう。
えーと、天藤真の原作はスルー? 日本推理作家協会賞を受賞しているんだけど。映画と予備知識の関係を扱うなら「監督に対する予備知識」なんかより「原作を知らなくても楽しめる」ということを論じた方がいいと思うけど、原作を読んでなきゃしょうがないですね。
で、問題は『幽霊列車』だ。実はこれはTVドラマなのである。…『独立愚連隊』や『殺人狂時代』といった岡本喜八の代表的な作品とされる映画を押し退けてまで挙げるべき作品なのだろうか。唐沢俊一は『幽霊列車』のファンらしいが(「裏モノ日記」2007年7月13日)、代表作を素っ飛ばしているせいで「こんな作品も知っているんだぞ」とアピールしたい気持ちだけが伝わってきてしまう。
マニアたちは逆に物足りなさを感ずるかも知れないが、運転手(奥村公延)の腕時計の機種の選択を見るだけで、この監督の演出力がにぶっていないことがわかるはずなのである。
※ 引用ミスがあったので訂正しました。
『大誘拐』は中学の頃に映画館で観たが、運転手の腕時計にそんな重大な秘密があったとは全く気がつかなかったので、早速DVDで観直してみた。その結果わかったのは、運転手の腕時計は「セイコー5アクタス」ということだった。…えーと、わかったのはいいものの、それにどういう意味があるのかさっぱりわからない。俳優がどんな腕時計をするのか、監督自身で決めるものなのか? 『大誘拐』の批評で通常真っ先に挙げられるであろう北林谷栄の好演を素っ飛ばしてまで書くことなんだろうか。ウスい自分にはさっぱりわからないので映画ファンの方にお教えしていただきたいところである。
このコラムを読んで、岡田斗司夫が『回収』(音楽専科社)で語っていた話を思い出した。『ガス人間第一号』を観ていた特撮ファンが「いつも警官役の俳優が犯人役をやっているのがおかしい」と一人でウケていたというのだ。P.41より。
なんか見た時にね―『ガス人間第一号』やったかな、あんなん見た時にやっぱ笑ってるヤツがおって、そいつに聞いたらそんなん言うてるんですよ。「普段あいつは警官役やってたのに今回は犯罪者役。で、取り調べを受ける時に、刑事から言われて言い返す時に、なんか相手がちょっと恐れ入った。あれは普段なんとかさんは刑事役やってるから、取調室でちょっと立場が逆転するていうのは、あれは撮影所内のギャグや」て(笑)
濃いファンになればそういった内輪話や俳優の腕時計が面白くなるものだろうか。でも、思い切って正直に言うが、この話を読んだ時「こういう風になるのはちょっと…」と思ってしまったw
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