唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

陸奥守吉行と和泉守兼定。

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 唐沢俊一『博覧強記の仕事術』(アスペクト)第4章検証の続き。
 P.158には「側面から見ると評価がガラリと変わる」とある。

 例えば、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』で坂本竜馬を日本の代表的な青春像として描くまでは、坂本竜馬は幕末史の中で地味な存在であった。そもそも、維新の風雲の途中で竜馬は暗殺され、その後も続く闘争の中で、その記憶は薄れていった。明治時代になって、竜馬の弟子であった外務大臣陸奥宗光が竜馬の復権運動を行い、何とか維新史にその名が残った人物でしかなかった。
 司馬遼太郎は、竜馬に関する資料の少ないところに目をつけ、彼のキャラクター造形を自由に行い、幕末回転(原文ママ)のフィクサーとしての役割を彼に与えた。実際は西郷や勝海舟などといった使い走り程度の身分だった竜馬を、維新史のシナリオを裏で書いた人物、として再構築したわけだ。

 「龍馬=使い走り」説というのもあるらしいのだが、それを事実だと断定していいものか疑問。それから、『竜馬がゆく』以前にも何度か龍馬ブームが起きている(高知県坂本龍馬記念館公式サイトを参照されたい)。資料が少ないというのも、「資料自体が少ない」のか「他の人物と比べて資料が少ない」のか、どっちだろう。


 そして、龍馬と同じように土方歳三も『燃えよ剣』によってイメージが定着したと唐沢は説明しているのだが、P.160には

むしろ、しつこいくらいに、新撰組が革命派のジェノサイドを目的とする暗殺集団であり、かつ、その内部粛正の異常なまでの厳格さを描いている。

とある。新撰組倒幕派を弾圧していたけど「革命派のジェノサイド」を目的としていたと言えるだろうか? 「ジェノサイド」といったらかなり大ごとになってしまうような。それこそナチス並みになってしまう(水木しげるヒトラー近藤勇の劇画を描いているあたり共通する部分はあるのだろうけど。なお水木は沖田総司も劇画にしている)。「暗殺集団」というのもどうかなあ。京都の治安維持もしていたわけだし。


 で、龍馬や土方が人気を得たのは司馬の「後に“司馬史観”と呼ばれるまでになる、司馬氏独自の歴史観」「“歴史は思想では動かない。実利、または実務で動く”という、徹底した合理主義」によって作品が書かれたためであるとしたうえで次のように書いている。P.161より。

 ……私はここで、何も司馬遼太郎の小説の読み方を講義したいわけではない。博覧強記人である彼が、坂本龍馬土方歳三という人物を、どのようにしてプロデュースし、世間に認知させ、売り込んでいったかを考えながら読んでいくことで、司馬作品が“知識のアウトプット”の、大変優れた教科書になり得る、ということを言いたいのである。
 日本に時代小説家は多い。そのヒット作で世に知られることになった人物も数多い。その中には、林不忘丹下左膳や、子母沢寛の創作になる座頭市など、架空のキャラクターでありながら、日本人のパブリック・ドメインとなるまでに浸透した人気者もいる。だが、実在の人物が、作家の筆ひとつで国民的人気を博するまでになったのは、戦前において吉川英治の『宮本武蔵』、戦後においては司馬遼太郎の作品での坂本竜馬土方歳三のみ、と言って過言ではないのではないだろうか。

 「プロデュース」したというと、司馬が計算して龍馬や土方のキャラクターを創造したかのようだが、実際のところ司馬は龍馬と土方が好きで好きで仕方なかったようである。関川夏央司馬遼太郎の「かたち」』(文藝春秋)P.137より、白川浩司(文藝春秋の編集者)のコメント。

「片や歴史を前向きにひたすら進んだ男で、片や後向きでね、なんかわけのわからないまま函館くんだりまで行って、最後は斬り死にしてしまうという暴れん坊の土方。司馬さんはそういう土方が好きだったんですよ。ほんとうにこれは好きだったの。土方のことを語るときはたいへんな熱を込めて語ったからね」

 それから、以前にも指摘したことだが「パブリック・ドメイン」という言葉の使い方がおかしい。あと、「作家の筆ひとつで国民的人気を博するまでになった」実在の人物に長谷川平蔵も入れていいと思う。
 

P.161〜162より。

 司馬氏がこの両作品(執筆時期が極めて近い)を書いた一九六〇年代は、日本社会が高度経済成長期に入り、生活にどんどん余裕が生れていった時代である。そういう時期になると、人々は、今日の生活に追われ、足下ばかりを見つめていた時代に比べ、ちょっと頭を上げて、“これから日本人として生きていく上での指針”が欲しくなる。人間としての生き方のモデルケースを、しかもそれを海外でなく、日本人の中に求めたくなってくる。
 個人的なモデルケースとして坂本竜馬を、そして会社など、組織内でのモデルケースとして土方歳三を、司馬氏がプロデュースしたのである。その際に、彼らに複雑な政治思想を語らせず(竜馬も土方も実際は決して非・思想的な人間ではなかったのだが)、実質派の人間として彼らを描いたところこそが、司馬氏の慧眼があった。

 …ここまでは、首を捻りたくなる箇所がいくつもあったものの、大筋においてはなんとか許容できる内容だったのが、この部分で一気に台無しになっている。小説が受けた理由を当時の社会情勢と安易にリンクさせたおかげで胡散臭い話になってしまっているのだ。
 だいたい、竜馬は「亀山社中」を結成しているのだから「組織人」でもあるし、土方は「個人」として函館まで戦い抜いたところが人気を得た理由のひとつなのだ(江夏豊が『燃えよ剣』を愛読しているというのはなかなか興味深い)。「個人的なモデルケース」「組織内でのモデルケース」と簡単に分けられるものではないだろう。…っていうか、土方を「組織内のモデルケース」にしている人ってどれくらいいるんだろう。「鬼の副長」になれるのかなあ。
 あと、小説の映像化が竜馬と土方のキャラクターが定着する助けになったことも指摘しておいてほしかった。栗塚旭の名前くらい出しておこうよ。映像といえば、龍馬も土方もいい写真が残っていたのがイメージ作りにプラスに働いたと思うのだけど。
 それから、沖田総司も龍馬や土方と同様に司馬遼太郎の小説(『燃えよ剣』『新選組血風録』)によってイメージが決定されたキャラクターなのだが、唐沢俊一の理屈だと沖田のキャラが定着した理由が説明できない。沖田はどんな「モデルケース」にあてはまるのかと。…津田雅美が「沖田総司諸葛孔明は美形でないとダメ」とか書いていたが、その気持ちはなんとなくわかる(源義経も入れるべきか)。孔明先生が美形なら周喩はどうなるんだろうとか思ったり。
 加えて、司馬遼太郎の小説の主人公の多くは、龍馬や土方と同じく「合理主義」的である。たとえば『花神』の大村益次郎であり『峠』の河井継之助である。その反面、「合理主義」的でない人物は司馬の作品の中でしばしばマイナス面を強調した描写をされていて(たとえば『坂の上の雲』の伊地知幸介)、また『殉死』での乃木希典の描き方はしばしば批判の対象となっている(代表的なものとして福田恒存『乃木将軍と旅順攻略戦』がある。興味のある方はぜひ読んでみてほしい)。呉智英も『空海の風景』について「現代人しか出てこない」とか言って批判していたっけ。…要するに、司馬遼太郎は「合理主義」的な主人公が好きなのであって、「プロデュース」とかそういう考え方は薄かったのではないか?と思うのだが。
 さらに書いておくと、司馬がブレイクする前に剣豪小説や山田風太郎の『忍法帖』シリーズがブームになっているが、それも当時の日本人に「モデルケース」を示していたのだろうか? 唐沢に言わせれば、山田風太郎も「博覧強記人」とやらになりそうだが。

  
P.162より。

それまで、石川五右衛門とか霧隠才蔵とか果心居士とかいった忍者もの作家だったイメージのある司馬氏が、歴史小説家にシフトしていったのは、この時代の欲求を司馬氏が読んだからである。それは、相手(世間)を見て、それに合わせた情報をアウトプットしていくという、博覧強記人の基本を司馬氏が心得ていたからである。

 石川五右衛門は『梟の城』に出てきた、…っていうか、あれは最後に風間五平が石川五右衛門として処刑されるんじゃなかったっけ。
 しかし、「相手(世間)を見て、それに合わせた情報をアウトプットしていく」ということを心得ているクリエイターは数多くいるのであって、それが司馬遼太郎を「国民作家」と呼ばれるまでに押し上げた理由とは考えにくいのではないか。
 …ところで、唐沢俊一も「博覧強記人」なのだから『血で描く』(メディアファクトリー)を書くにあたっては、当然「相手(世間)を見て、それに合わせた情報をアウトプット」したんだろうけど…、それでああいう内容になったのかなあ(『血で描く』の詳しい内容については2008年8月22日の記事を参照)。うーむ。


 司馬遼太郎のようなメジャー中のメジャーな作家を取り上げるのならもうちょっと気をつけて欲しかったというのが正直な心境である。個人的な考えを書いておくと、司馬遼太郎の描いた坂本龍馬土方歳三がキャラクターとして定着したのは「カッコいいから」に尽きると思う。まあ、社会情勢などとからめて考えてもいいんだけど、とりあえず作品そのものが面白いこと、司馬の生み出したキャラクターが魅力的であること(もしかすると実物以上に魅力的かもしれない)から出発して欲しいものだと思う。


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