How Deep Is Your Gase.
邦題『ガセはからさわの中に』。
『パチスロ必勝ガイドNEO』8月号に掲載されている唐沢俊一『エンサイスロペディア』第27回では『サタデー・ナイト・フィーバー』が取り上げられている。
パチンコの大当たりを“フィーバー”と呼ぶ、その語源が1978年の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』である。
『サタデー・ナイト・フィーバー』は1977年に製作された映画である。日本公開が翌年の78年。
リズムアンドブルースの名曲にも『フィーバー』というのがあるが、非常に抑えた感じの曲で、どちらかというと“微熱”的な意味合いであった。それが、いきなり大当たりのお祭り騒ぎを指す言葉として日本に定着してしまったのは、この映画の影響がいかに大きかったか、を表しているだろう。
“Fever”はオーティス・ブラックウェルが別名義で作った曲(エディ・クーリーと共作)で、1955年にリトル・ウィリー・ジョンが歌ってヒットしている。その後、ペギー・リーやエルヴィス・プレスリーがカヴァーしたことでも知られている。なお、ブラックウェルはプレスリーの『冷たくしないで』やジェリー・リー・ルイスの『グレート・ボールズ・オブ・ファイアー(火の玉ロック)』を作詞・作曲したことでも知られている。しかし、“Fever”の歌詞を読む限りでは「“微熱”的」と言えるかどうかは疑問である。
だが、フィーバーするという言葉が完全に日本語化した現代の目で、もう30年も前のこの映画を観ると、ちょっと意外の念に打たれるはずだ。
この映画は、必ずしもディスコでのダンスに青春を打ち込むトラボルタ(主人公のトニー青年)の姿を肯定してはいないのである。そこらへんは社会派であるジョン・バダム監督の面目躍如だ。彼が働くのは、ニューヨークの下町・ブルックリンのペンキ屋である。ブルックリンはマンハッタンとは橋一本でつながっているものの、高級住宅街のマンハッタンとは世界が違う、暗く貧しい市街である。トニーはブルックリンでの鬱屈した青春のハケ口を、マンハッタンのディスコで、日常の自分とは全く異なるディスコ・キングとしてスポットライトを浴び、喝采を受ける。
だが、トニーはインテリの彼女と出会うことで自らの真の姿を見つめることの大事さに目覚め、虚飾の存在に別れを告げることを決意する、というのが映画のストーリーなのだ。なかなか苦みを含んだテーマを持つ話なのである。
…うーん、どうしたものかなあ。ひとつひとつ説明していくか。
まず。ジョン・バダムは社会派なのだろうか。彼のフィルモグラフィーを見てみると…、『この生命誰のもの』は社会派なのだろうが、基本的には娯楽映画の人なのではないか。『ブルー・サンダー』『ウォー・ゲーム』『ショート・サーキット』とはいい感じだがw ちなみに、彼の妹は『アラバマ物語』の子役として知られているメアリー・バダム。
次。トニーが通っていたディスコは地元ブルックリンにある“2001ODYSSEY”という店。DVDのコメンタリーでジョン・バダムは「トニーたちは貧乏だからマンハッタンのディスコには行けない」と言っている。
そして、ストーリーの説明がヘン。「インテリの彼女」ってどうして名前も挙げないのか。ウィキペディアを参考にしたのだろうか。
ニューヨークのペンキ屋で働くトニーは、変わりばえのない毎日の生活にうんざりしていた。彼の生き甲斐は土曜日の夜(サタデーナイト)にディスコで踊り明かすことだけ。ある日、ディスコで年上の女性ステファニーに出会う。インテリで自立しており、将来設計を持つスティファニー(原文ママ)に影響されたトニーは、自分の生き方を考え直すようになる。
しかし、ウィキペディアの説明は若干言葉が足りない。『サタデー・ナイト・フィーバー』では家庭、貧富、人種といった様々な問題が出てくるのだ。そして、ダンス・コンテストでの不正や友人の死によってトニーは「自分の生き方を考え直すようになる」わけである。ちゃんと見ていればそのことはわかるはずなのだが。
しかし、日本においては、そのような作品テーマは全くと言っていいほど目を向けられなかった。逆に、ディスコに白ずくめのファッションに身を包んだトラボルタもどきを大量に出現させ、セクシーに腰を振るダンスを大流行させた。フィーバーという英語は、日本ではバカ騒ぎの大盤振る舞い、といった意味になり、やがてこの意味でパチンコに転用されて定着していく。
日本でも『サタデー・ナイト・フィーバー』のテーマはしっかりと理解されている。『キネマ旬報増刊 世界映画作品記録全集1979年版』P.44より。筆者は渡辺祥氏。
ドロップ・アウトすら出来ずに、何かを求めてウツウツとする七〇年代の若者が自立に目覚める一種の青春映画であり、その根底には、失業や人種間対立などの問題意識が流れている(以下略)
双葉十三郎『ミュージカル洋画ぼくの500本』(文春新書)P.132より。
下層的なブルックリンと上流的マンハッタン。ディスコに集る(原文ママ)若者たちの人種問題とならんで、この映画に盛りこまれた興味深い要素である。
「目を向けられなかった」と思っているのは唐沢のチェックが甘いからだろう。
それから、1978年といえば、唐沢俊一は青山学院大学の学生だったわけで、当時のディスコブームを実際に知っているのではないか?と思うのだが…。
……これは日本人が理解度の低い、まじめなテーマを受け入れようとしない軽薄な国民であることを意味するのだろうか?
私は必ずしも、そうではないと思う。
78年という時代は、まだバブルという言葉すらなかった時代だが、日本経済は順調な成長を続け、日本人が太平を謳歌していた時期だった。この年に、あの『スター・ウォーズ』第一作が公開され、一方で『さらば宇宙戦艦ヤマト』の大ヒットでオタク文化というものが勃興したのもこの年である。
『サタデー・ナイト・フィーバー』のテーマが日本では理解されなかった、というのが全くのウソだった時点で腰がヘナヘナになってしまうのだが、またしても『ヤマト』について適当なことを書いているので腰がゲル状になってしまう。むぎゅうううう。
単純に考えてみてもすぐにおかしいと気づくのだが、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』は『宇宙戦艦ヤマト』の映画版第二作である。つまり前作がヒットしなければ製作されなかったわけだし、『ヤマト』の再放送を求めたファンたちの行動は「オタク文化」にはつながっていないのだろうか。
さらに大きな変化は、日本歌謡が、この年あたりを境に大きく様変わりをしたということだ。それまで主流だった“情”の世界と“怨”の世界を歌う演歌、艶歌が衰退し、サザンオールスターズ(この年デビュー)のようなポップスが一世を風靡した。なにより歌謡番組ではピンクレディーが全盛で、日本風な旧来の伝統を文化の範疇で徹底的に改変しつつあったと言える。
1978年は確かにピンクレディーの全盛期で演歌はパッとしなかったのだが、翌79年になると、小林幸子『おもいで酒』、八代亜紀『舟唄』といったヒット曲が出ているほか、千昌夫『北国の春』、村木賢吉『おやじの海』がロングセラーとしてヒットしている。歌謡曲の変遷を語るのならグループ・サウンズやフォークも関連させて書くべきであって、唐沢の書き方は乱暴である。
あと、桑田佳祐は青学出身なんだから、当時青学の1年生だった唐沢はそのことに触れたらいいのに。
もちろん、改革というものは、旧勢力の強い抵抗にあう。そのことは、オタク文化を広めるための運動に関わっていた私が実体験済みである。事情は歌謡界、他の文化界においても同じだろう。
…えーと、唐沢俊一がどんな「オタク文化を広めるための運動」をしていたのか、どんな「旧勢力の強い抵抗」に遭ったのか、さっぱりわからないんだけど。そんなこと、今までに書いたり語っていたりしてたっけ? 札幌でアニソンのサークルにいたときも抵抗されたとか書いてなかったと思うけどなあ。
世間の人々は、旧文化のワク組みをぶち壊すにあたって、自分たちを鼓舞するような、ノセてくれるような、エネルギーを与えてくれるような何かを求めていた。『サタデー・ナイト・フィーバー』のディスコ・ミュージックに、人々はその要望を託したのではないか、と私は思う。
いわばこの映画のディスコ・ダンスは、明治維新の際の“ええじゃないか”に相通じるものがあるのではないか、と思う。理性や理屈では世の中を変えられるのは、そういうものを超越した闇雲なパワーだ。ちょうどアメリカからやってきたこの映画の、能天気なパワーをその改革に利用したのだと思う。
日本のパチンコ、パチスロ業界もまた、70年代後半に大きな変化を遂げた。いま現代のパチスロ文化を享受しているわれわれだが、たまには30数年前の、大きな変革の波を、この『サタデー・ナイト・フィーバー』台をプレイすることで追体験してみてはいかがだろうか。
「ええじゃないか」と明治維新を関連させることは有り得るとしても、『サタデー・ナイト・フィーバー』がヒットした後で一体どのような「改革」が日本であったというのか。ディスコが「ええじゃないか」ならパラパラだってYOSAKOIソーランだってオタ芸だって同じように「ええじゃないか」になってしまうのでは。ダンスや踊りは「ええじゃないか」にしとけって感じなのだろうか。粗雑な分析というほかない。
『サタデー・ナイト・フィーバー』というのは語ろうと思えばいくらでも語ることのできる映画である。たとえば、『ウエストサイド物語』と関連させて人種問題を語るとか、トラボルタが『パルプ・フィクション』で復活した話とか(ユマ・サーマンと踊るシーンはあまりにも有名)、スタローンが続編を監督しているとかいくらでも語れる。トニーの部屋に貼られているポスターだけでも結構話を膨らませられるくらいだ(『ロッキー』、『燃えよドラゴン』のブルース・リー、『セルピコ』のアル・パチーノ、そしてファラ・フォーセット)。…っていうか、『サタデー・ナイト・フィーバー』を取り上げておきながら、ビージーズのことが一言も出てこないってどういうことなんだ?
…『エンサイスロペディア』を取り上げるたびに「ここまでひどい記事はない」と思っているのだが、毎月コンスタントに最低記録を更新しているのは凄いと思う。どこまで落ちていくのか、逆に楽しみになってきた。
※追記 discussaoさんのご指摘に基づき訂正しておきました。
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