読書家の珍技術。
・『チャンピオンRED』を毎月愛読している。『シグルイ』は言うまでもないし、『ミカるん×』はネタ満載で楽しい。ふらんとアリスマリスの可愛さにすっかりメロメロだ。8月号の付録『マジンガーZ Best Selection』も最高だった(特に桜多吾作『闘え!Drヘル』)。
さて、『RED』8月号から『ひみchuの文子さま』が連載スタートしたマツリセイシロウ先生が8月号巻末のインタビューでかなり飛ばしているので紹介したい。
自称オタ○ングさんとやらが「オタクは死んだ」とか宣ったようですが、死んだのは新しい事象に背を向けたお前らだ。
オタ業界に限らず、閉塞感が漂う世の中ですが「これから○○がダメになる」「今の奴らは○○だ」とかこの手の悲観論や自虐論は聞き飽きた!嘆くしか能のない奴らはガシガシ踏みつぶして先に進め!そういうことを(自分含めて)ダメ出しばかりが巧くなってしまった世間に一発ガツンと伝えたいと思ってます。
…岡田斗司夫って本当に嫌われてるんだなあ。ヤマカンの時もそうだったけど(詳しくは5月27日の記事を参照)。まあ、今のオタク文化の作り手や受け手にとっては岡田斗司夫の理屈って得にならないというか別にどうでもいいものなのだが。マツリ先生の仰るように「新しい事象」についていけないだけだ、と考えておけば問題ない(とか言いながら検証するんだけど)。『マイティハート』は良かったのでマツリ先生には期待したい(『文子さま』初回も飛ばしているんだけど『RED』の中だとマトモな漫画に見えるのが恐ろしい)。自分も『オタクはすでに死んでいる』の検証をやりたいんだけど、ちょっとした論文になっちゃいそうなので少し腰が引けてしまっている。それ以前に最近はネタが次から次に出てきて追いつけていないし。
・では本題。今週25日に唐沢俊一の新刊『博覧強記の仕事術』(アスペクト)が発売されるのだが、『トンデモ怪書録』(光文社文庫)の文庫版あとがきを読むと、そこでは唐沢俊一は自己流の「仕事術」ならぬ「読書術」について語っていたのであった。『怪書録』文庫版あとがきで唐沢は電子出版を否定しているのだが、その理由のひとつとして「電子出版では立ち読みができない」ということを挙げて、続けてこのようなことを書いている。『トンデモ怪書録』P.268〜270より。
読書人は、自分に必要な本は自分で買え、ということをよく言う。身銭を切った本でなければ内容が頭に入らない、と。本当だろうか。私の経験で言うと、金を払って買った段階で、何か安心してしまい、読まないままになる本が極めて多いのである。“いつでも読める”という事実が、無意識に神経を弛緩させ、その本から自分を遠ざけるのである。
調べものがあるとき、私は近くの大型書店によく行く。そして、棚から棚の間をわたり歩いて、関連書籍を片っ端から立ち読みする。必要な部分を抜き読みする場合もあるし、ひどいときには一冊まるまる立ち読みしてしまう場合もある。メモなぞはとらない。脳細胞が“メモをとった”ということだけを覚え、内容まで記憶してはくれないからである。で、とったメモというものはいつのまにかどこかへまぎれこんで無くなる性質を有しているので、役に立たない。だいたい、図書館じゃないんだから、書店でメモなんかとって立ち読みしていたら怒られる。
とにかく、必要な事項を一冊の本の中から短時間で読み取らねばならないのだから、真剣である。半日くらいかけて、二、三十冊の本を立ち読みし、その中から本当にじっくり読み込まねばならぬとわかった本だけを買う。もっとも、経験で言えば、引用の便以外、そうやって買って読んだ本から、立ち読み以上のものを得られたことはほとんどない(以下略)。
…少々信じがたい話である。以下気になる点を挙げていく。第一に、これは超人的な記憶力の持ち主でないと実践不可能な「読書術」であるということだ。「二、三十冊の本を立ち読み」してメモも取らずに内容を覚えていられるのか、出典を示すときにどうするのか、ということが気になって仕方がない。後々になって「あの原稿に書いてあった話のモトネタってなんですか?」と聞かれても答えられるのだろうか。第二に、この方法は大変無駄が多い。半日も立ち読みしていれば体力をかなり使うし(唐沢俊一は足が悪いのに)、図書館に行って関連書籍を一通り集めて必要な部分を抜き書きしたほうが作業がずっと早く済む。それにお金もかからない。…どうして図書館に行かないんだろう? 第三に、「とったメモというものはいつのまにかどこかへまぎれこんで無くなる性質を有している」って、それはメモをちゃんと保存しておけばいいだけの話なのでは。そんなに無くなるものなのかと。自分も唐沢俊一関係のメモは一応スペースを決めて保存しているし。第四に、調べ物のために買う本はいずれ必要になるわけだから「積ん読」になることはないのでは?と思う。調べ物自体をしなくなったのであれば話は別だが。第五に、「買って読んだ本から、立ち読み以上のものを得られたことはほとんどない」って…、さすがにそれは本の読み方に問題があるのではないか。
この「読書術」を実践しているとしたら、唐沢俊一は超人的な記憶力の持ち主だというほかないが、もしかするとハッタリをかましているだけなのかもしれない。とてもじゃないが、このような方法でライターをやっていけるとは思えないのだ。…ただ、この方法を本当にやっているとしても、ハッタリだとしても、唐沢俊一が「記憶力」というものを重視していることが明らかになっているのは面白い。メモなんか取らずに真剣に読めばちゃんと覚えられるんだ!という具合に。読書家の割りには何やらスポ根ものみたいだが。しかし、逆に言えば、それこそが唐沢俊一最大の問題点なのかもしれない。記憶力を過信するあまりガセを量産してしまっているのでは?と思うのだ。まあ、唐沢が本当に超人的な記憶力の持ち主なら、あそこまでガセを量産することもなかったのだが。
続き。P.270より。
なぜ立ち読みが役に立つかというと、さっきも言った集中度の違い、それと、その本の重要度を、内容以外のところで感じとれるかところだろう。装丁や造本にどれだけの金をかけているか。そのコーナーに、どれだけその著者の他の本が並んでいるか。コーナー自体の、そこの書店での扱いはどうか。他の客がその著者の本を手に取るかどうか。そういう、周辺の情報が、本選びの実は大きな要素になっているのだ。電子メディアの本選びは、ただ書名リストや内容の要約が見られるのみで、こういう、大きなファクターが欠けている。
こういうことを書いていた唐沢俊一も後年Amazonでの本の購入にハマってしまうのだから面白い。とりあえず長時間の立ち読みは書店にも他のお客さんにも迷惑だからやめておこう。最近は本屋に行っているかどうかも怪しいものだけど。
その後で、「電子出版では本を蒐集する楽しみが無くなる」として自宅の書庫には「三万冊を越える本」があると力説しているのだが、P.273にはこのように書いている。
しかし、立派な本と共に、そういうわけのわからない本もまた、私にとっては愛着の深い、始末することのできない思い出の詰まった本だったりするのである。
この文章を書いた9年後に唐沢は蔵書を始末している(詳しくは2008年11月26日の記事を参照)。まあ、調べ物があれば立ち読みしに行くような人がどうして本を蒐集しているのかよくわからないんだけど。
ついで。単行本版あとがきにはこのように書かれている。『怪書録』P.256より。
昔はこんなじゃなかった筈だ。これでも、中学・高校のころはいっぱしの文学少年であった。中学生時代は図書委員なんて仕事をしていて、
「最近の図書館の貸し出し傾向を見ると、青春小説やSF、探偵小説ばかりだ。われわれ学生はもっと文学作品を読まねばならない」
などと、図書新聞に論説を書いたりしていた。いやなガキだったわけだ。
もちろん、そんなことを言いながらも、自分ではSFやミステリもちゃんと読み、かなりのファンを自認してはいたものの、やはり読書の本道は純文学にあり、と思っていた。
『ライ麦畑でつかまえて』も知らなかったのに?(詳しくは2008年10月11日の記事を参照) しかし、自分もSFやミステリーを読んでいたのに他人が読んでいたら難癖をつけるとは。中学生時代から唐沢俊一は変わっていないということなのだろうか。
※追記 コバイアさんのご指摘に基づき訂正しておきました。
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