唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

電波オデッセイ(前篇)

 思ったより早く身体が空いてしまったものの、せっかくだからもう少しゆっくりしようかと思っていたら、「裏モノ日記」が毎日ヒドいミスを連発しているので突っ込みたくなってしまったり(「トンデモない一行知識の世界」さんと藤岡真さんも突っ込んでいるのでリンク集からチェックしていただきたい)、新刊で出た『オタク論!2』『昭和ニッポン怪人伝』がやっぱりアレな感じだったり、なんと宅八郎さんと松沢呉一さんからコメントをいただいたりしたので、予定より1週間早く復活。夏まではなるべく毎日更新するつもり。そろそろ夏コミで出す本の製作にも入らないとなあ(たくさん書き下ろしを入れたいので)。


 さて、再開後一発目は『オタク論!』(創出版)に収録されている、本田透電波男』(三才ブックス講談社文庫)をテーマにした唐沢俊一岡田斗司夫の対談を取り上げてみる(同書P.78〜89収録)。『電波男』について唐沢・岡田の2人はこのように言っている。

岡田 僕はこの『電波男』を読んで、ようやく読む価値のある30代オタク評論家が出てきた、これは語るに足ると思ったんですよね。


唐沢 今までのオタク評論家とどこが違うかと言うと、まず文章が面白い。スピード感が凄まじいんですね。オタクという負け組が、「脳内に彼女がいるから僕たちは勝ち組なんだ!」と宣言したことで、地図はかなり塗り替えられるでしょう。オタク論をこれからやる人にも、ようやく土壌ができたということじゃないですか。

というわけで、まず最初に『電波男』について簡単にまとめておくことにする。『電波男』は、

もはや現実の女に用はない。真実の愛を求め、俺たちは二次元に旅立った。モテない男達から圧倒的な支持を集めるWebサイト『しろはた』主宰が遂に動いた!キモメン・ニート彼女いない歴=年齢の妄想電波系オタクが激白する、俺たち(=キモオタ)に残された最後にして最高の純愛とは。

という内容の本である。つまり、「恋愛資本主義」にとらわれた現実の女性を批判して、二次元の女の子との間にこそ「真実の愛」が生まれるのだ、と熱く語られているのである。
 最初に良かった点を挙げておく。第一に「恋愛資本主義」、異性にもてないこと=悪とする価値観への批判は妥当だと言える(竹熊健太郎氏も文庫版の解説で同様のことを書いている)。第二に「萌え」がフラストレーションを解消するためのシステムであること、これも頷ける。自分も読んでいて「あの娘たち(二次元)がいたからつらいときも生きてこられたなあ」としみじみしてしまった。そして、唐沢俊一が言う通り文章に勢いがある(ただし、だいぶクセがある文体なので人によって好き嫌いは分かれるだろう)。
 とは言うものの、実際のところ『電波男』は問題の多い本である。問題点をいちいち指摘していると「オタク論壇検証blog」になってしまうので(そんなのはやりたくないw)要点だけ指摘しておくことにする。
 まず、女性嫌悪があまりにも強すぎる。『電波男』を読めばわかるが、女性嫌悪本田氏の個人的経験に拠るところが大きいのだ。だから、電波男』をベースにして「オタクとはこういうものだ」と判断されると困ってしまう、と思った。
 次に、どうして恋愛にこだわるのかわからない。恋愛ができないなら二次元の女の子を相手にしなくても、仕事でも趣味でも他に生きがいになることを探せばいいんじゃない?と思うし、実際にそのように生きている人はいくらでもいる。結局のところ、本田氏は「恋愛資本主義」を批判しながらも「恋愛=素晴らしい」という思い込みに囚われているということなのだろう。そういう思い込みがあるから本田氏は不幸になってしまっているのだと思うし、自分にはそういう思い込みがないので本田氏にほとんど共感できなくて困ってしまった。なお、小谷野敦氏も『帰ってきたもてない男』(ちくま新書)で『電波男』に対して同様の批判をしている(同書P.191)。…傍から見ればもてない男」の内ゲバと言ったところなのだろうか(と評する自分も「もてない男」であるのだが)。
 それから、分析の甘さも気になる。いちいち挙げていくと大変だから、「唐沢俊一検証blog」に関係のある、三才ブックス版P.100のこんな記述。

 だが、八〇年代以降、バブルとともにオタク界も大量消費の時代に突入する。その先鞭が『ガンダム』だった。『ガンダム』史上もっとも有名なモビルスーツは「量産型」ザクだ。『ガンダム』は、ロボットアニメに「量産」という概念を持ち込んだのだ。また『ガンダム』は主人公アムロにロボット=「モビルスーツ」というSF兵器と、「ニュータイプ」という超能力を授け、最強の戦士という属性を与えたが、アムロは『カムイ伝』の忍者カムイ同様、単なる戦場の駒の一つでしかなく、ただ戦場で人を殺すこと以外の何事をも成しえない。つまり『ガンダム』という作品は、空想的な社会変革というSFマニアの夢を否定して打ち砕いてしまったのだ。それ故、『ガンダム』はピュアなSFファンから徹底的に罵倒されることとなったのだろう。

…いや、少なくとも「ぴあ」での「ガンダム論争」ではそんなことはテーマになってないから(詳しくは2008年11月18日の記事を参照)。「月刊OUT」の方もそういうことじゃなさそうだし。「空想的な社会変革」をSFマニアが夢みているかどうか疑問だし、アムロが「単なる戦場の駒」にすぎなかったら逆にSFとして高く評価されていたかもしれないとも思うのだが。…というか、「ガンダム論争」の張本人である唐沢も『ガンダム』ファンの岡田もどうして本田氏に突っ込まない? 
 もうひとつヘンなところ。本田氏は文中でたびたび「負け犬女」の代表として読売新聞の鈴木美潮記者を批判しているのだが、鈴木記者が特撮オタクであるのを知らないのだろうか?唐沢も岡田も知らないのかな?『さよならミラーマン』(大洋図書)の解説も書いてるよ?まあ、オタクでも男と女の間には深い溝があるということなのかもしれないけれど。本田氏は「腐女子」のことを「絶対に分かり合えない別次元の人種」とも言ってるのだけど。…本田氏の方から女の子に合わせるとかそういうことはしないのかな(もちろん努力はしてるんだろうけど)。あと、細かいことだが、『電波男』のまえがきにはザ・スミス『心に茨を持つ少年』の歌詞が引用されているけど、『国際おたく大学』(光文社)で伊藤剛さんがザ・スミスのファンであることを揶揄していた唐沢俊一に言わせれば、本田氏の音楽の趣味も「極めて特殊」なのか?そもそもザ・スミスが好きだと「極めて特殊」なんだろうか。単に洋楽に詳しくないだけなんじゃ?
 さて、本田氏は岡田斗司夫の影響を受けてオタクになったらしいのだが、そのせいなのか、電波男』には岡田の著作と同じ問題点がある。ひとつは「著者個人の問題に過ぎないことを全体の問題にすりかえる」。『電波男』の女性嫌悪が本田氏の個人的経験に拠るものであることは既に書いた通りだが、岡田も自分が「萌え」がわからないことを根拠に『オタクはすでに死んでいる』を書いたり、ダイエットに成功して「デブであるデメリット」をテレビで語って伊集院光を激怒させている。もうひとつ共通しているのは「世間で差別されているオタクこそが実はエリートなのだという考え方」。岡田が『オタク学入門』で語ったことを、恋愛についてあてはめたのが『電波男』であると言えるのかも知れない。「オタク=エリート」理論については後々『オタクはすでに死んでいる』検証のときに詳しく触れてみたいが、少なくとも『電波男』で語られている「オタク=恋愛のエリート」理論は危険な理論である。だって、オタクだって現実の女の子とつきあっている例はいくらでもあるのにそれをスルーしてしまっているんだから。身近な例を挙げると自分の地元の先輩は『カードキャプターさくら』の大ファンだけど結婚して子供もいる。それに「映画秘宝」向けのいかにもオタクな映画を観に来ているカップルはザラにいるし、こないだTSUTAYAに行った時に、特撮DVDのコーナーに珍しくカップルがいるなあと思っていたら、女の子が「カイメングリーン」と口走ったのでビックリしてしまった。…潮健児さんも天国で喜んでおられることだろう。ああ、あと、うちの妹と一緒にカラオケに行ったら、いきなり「キングゲイナー・オーバー!」を熱唱しだしたので、俺もビックリして「モナムール東京」を唄っちゃいましたが。…まあ、その、なんだ、オタクな趣味をわかってくれる女の子はちゃんといるんだから希望を簡単に捨てないほうがいいということなのだ。さっき名前を出した伊集院光は自分が結婚できたことを例に挙げて「マニアはいる」と『深夜の馬鹿力』のリスナーを励ましていたけど、「マニアはいる」と『電波男』、どちらがより多くの人を救える考え方であるかは言うまでもないと思う。もちろん『電波男』を読んで救われた人もいるだろうが、一般的なオタクの考え方として採用するには問題がある本である、と言わざるを得ないのである。…それにしても、伊集院夫人ってチャーミングだよなあ。


…「簡単にまとめておくことにする」と書いておきながら長いじゃないか!、とお怒りの方もおられるだろうが、本当にこれで最低限の指摘なのでどうかお許しいただきたい。突っ込みを入れていたらキリがないのだ。というわけで、本来の検証対象である唐沢・岡田の対談への突っ込みは後篇で。

電波オデッセイ (4) (アスペクトコミックス)

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電波男

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オタク論!

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帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))

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さよならミラーマン

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ザ・クイーン・イズ・デッド

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国際おたく大学―1998年 最前線からの研究報告

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