唐沢俊一版東方Project?
ぱっくりしていってね!!!
「ラジオライフ」5月号掲載の『唐沢俊一の古今東西トンデモ事件簿』第44回「世界を変えたサギ的名著」については、藤岡真さんが「机上の彷徨」3月25日付けで取り上げているほか(リンク集からどうぞ)、「トンデモない一行知識の世界2」でも取り上げられているが、当ブログも後追いしてみる。
文藝春秋発行の雑誌『マルコ・ポーロ』が、『ナチ「ガス室」はなかった』という医師・西岡昌紀の記事が元でユダヤ人団体とイスラエル大使館の抗議を受け、廃刊になった事件があった。この記事は、発表されたのがあの阪神・淡路大震災の起こった1995年1月17日であったにも関わらず、日本のマスコミ・アカデミズム界を巻き込む大きな騒動になったので、記憶している方も多いだろう。
その後の論争で、西岡氏の記事には事実誤認が多く、記事の内容の多くが(ユダヤ人殺害に使われた毒ガス薬チクロンBが、加熱しないとガスを発生させない、などという記述等)疑問を呈さざるを得ないものであると指摘された。まあ、この件については肯定否定含めて山のように論文や書籍が発表されているので、果たしてガス室があったかないかについては、読者の皆さんで判断していただきたい。
…えーと、ということは、唐沢俊一は「ガス室はなかった」説をある程度認めているということなんだろうか?「と学会」的にはそれはアリなんだろうか。山本弘会長は小林よしのりの『戦争論』を厳しく批判してたけど。というか、正直バカバカしくなってしまうのだが、唐沢俊一はこのあとフランシス・ウッド『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』(草思社)に基づいて「『東方見聞録』は偽書だった」という話を展開していくのだが、どうして他の説をスルーしてウッドの説ばかりを支持するのか。「果たして『東方見聞録』が偽書であるかどうかについては、読者の皆さんで判断していただきたい」としないとダブルスタンダードだろう。
だが、と私は、この論文の載った雑誌のタイトルのことを思うのである。ナチのガス室の存在・非存在が争われた雑誌の誌名にとられた人物“マルコ・ポーロ”という人物が、そもそも果たして存在したかしないのか、その真偽について論争を呼んでいる人物なのだ。
『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』ではマルコ・ポーロが「存在したかしないのか」は問題にされておらず、実在した人物として扱われている(マルコの生涯に不明な部分が多いことは確かだが)。
で、その後に『東方見聞録』について説明されているのだが、そこにも誤りがある。
後に起こったピサとヴェネチアとの戦争で捕虜になり、同じ牢内にいた小説家のルスティケロ(『アーサー王伝説』の著者でもある)に口述筆記をさせて『東方見聞録』を書いた。
マルコ・ポーロはヴェネチアとジェノヴァとの海戦で捕虜になったとされる。また、ルスティケロはメロリアの海戦(ピサとジェノヴァとの戦い)で捕虜になったとされている。『東方見聞録』がジェノヴァの牢獄で書かれたという話は有名だと思うのだが。
以前から『東方見聞録』にはウソの記述が多い、という評判はあった。ジパングの描写などその最たるもので、「莫大な金を産出し、宮殿や民家は全部黄金でできており、財宝に溢れている」、「人々は礼儀正しいが邪宗を信じ、牛、豚、犬、羊の頭の形をした偶像や頭が四つ以上もある偶像などが信仰の対象になっているとされ(これは多面観音像のことか?)。偶像の前で行われる儀式たるや、実に悪魔的で、とても紹介することなどできない」、「ジパングでは、敵を捕虜にしたとき、身代金が払われないと、自宅に親戚や知人を呼び集め、捕虜を殺して肉を食べてしまう。世界にこれほどうまい肉はないといっている」などという、日本人が読めば呆れ返るというか“どこの国の話じゃ”というような話題がポンポン出てくるのである。
この部分は寺島実郎氏のエッセイに良く似ている。『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』も出てくるし。…というか、唐沢俊一はどの『東方見聞録』から引用したのだろう?『古今東西トンデモ事件簿』の写真には平凡社の『完訳東方見聞録』のカバーが出ているが、『完訳東方見聞録』の中のジパングを描写している文章は全然違うのだ。『完訳東方見聞録2』P.196より。
しかしこの一事だけは是非とも知っておいてもらいたいからお話しするが、チパング諸島の偶像教徒は、自分たちの仲間でない人間を捕虜にした場合、もしその捕虜が身代金を支払いえなければ、彼等はその友人・親戚のすべてに
「どうかおいで下さい。わが家でいっしょに会食しましょう」
と招待状を発し、かの捕虜を殺して―むろんそれを料理してからであるが―皆でその肉を会食する。彼等は人肉がどの肉にもましてうまいと考えているのである。
唐沢は寺島氏と同じ『東方見聞録』から引用したんだろうけどね、きっと。
さて、この後唐沢は1ページ以上にわたって『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』から、フランシス・ウッドがマルコ・ポーロが中国に行ったとは思えないとして指摘したポイントを挙げていっているのだが、その前置きにこんなことを書いている。
ウッド女史は、『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』(1995年。日本では草思社から1997年に翻訳)という本を書いて、幾つかのポイントを指摘し、『東方見聞録』は偽書である、と結論づけた。
…唐沢俊一は本のタイトルを見直したほうがいいと思う。フランシス・ウッドが論じたのはタイトル通り「マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか?」ということであって、『東方見聞録』の内容の真偽を論じたのではない。そして、マルコ・ポーロは実際に中国に行ったわけでなく、さまざまな資料を用いて『東方見聞録』を書いたのであろう、と結論づけている。『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』P.189より。
私は、マルコ・ポーロ自身はたぶん一家の貿易の拠点であった黒海とコンスタンチノープル以東へはまったく行っておらず、イタリアのアイスクリームや中国の餃子にはいっさい関係ないという考えに傾いているが、だからといって『東方見聞録』が中国や近東の貴重な情報源ではないというつもりはない。
(中略)
『東方見聞録』は、細部はともかく大筋で『東方見聞録』を裏付けてくれるアラビア語やペルシャ語や中国語の資料を参照して読めば、非常に豊かな情報源である。
先に挙げた寺島実郎氏はちゃんと本の内容をわかっているのに。さすが今までに数々の「偽書」を書いてきただけあって読解力に問題があるのかもしれない。
また、こんなことも書いている。
そういえばジパングって地名だって、そういわれなければ日本のことだとは分からない(実際、日本ではなくジンバブエのことではないか、という説もある)。
いや、「ジャパン」だって「イルボン」だって「そういわれなければ日本のことだとは分からない」のは同じだよ。それに…「ジパング」が「ジンバブエ」?その「説」って誰が唱えているんだろう。たしかに、ジンバブエにもかつて黄金郷伝説があったらしいが(このあたりは前にリンクを貼った「トンデモない一行知識の世界2」を参照)、『東方見聞録』の中の描写からは、とても「ジパング」が「ジンバブエ」だとは思えない。『完訳東方見聞録2』P.183より。
チパング〔日本国〕は、東のかた、大陸から千五百マイルの大洋中にある、とても大きな島である。
これを読んで「ジパング」が「ジンバブエ」のことだと思うのはちょっと…。
くりかえしになるが、唐沢俊一がウッドの説ばかり取り上げて他の説を大した根拠もなく退けているのがよくわからない。
どうも聞いていて「マルコ信者必死だな」というような感想が浮かんでくるような擁護論に聞こえてしまうのが何とも…。
どうして「擁護論に聞こえてしまう」と決めつけているんだろう?問題なのはどちらの説が正しいかどうかであって、唐沢個人の主観で断じられても困る。…もしかすると、うちのブログで書かれていることも「アンチ唐沢必死だな」で片付けてしまいたいのかも知れないけどね。
果たして『東方見聞録』は貴重な歴史の記録なのか、それとも稀代のサギ的偽書なのか。少なくとも800年以上に渡り、世界をだまし続けてきたということを考えれば、まさに史上最大級のサギ書といって過言でないだろう。
自分で問いかけておいて勝手に答えられても。いや、だから、『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』では『東方見聞録』が『サギ的偽書』だなんて書かれてないんだって。あと、『東方見聞録』が完成したのは1298年だから「800年以上に渡り」というのはおかしいだろう。今は2098年か?…まさか22世紀まで生きていられるとは思わなかったなあ。
これだけスケールが大きいサギになると、その影響というのもバカにならない。何より我が日本、ジパングはこの書の中の記述により、ヨーロッパ各国に知られるに至り、邪教の国と書かれていたことにより、この国にキリスト教を布教させようと、多くの伝道師たちが日本を目指すこととなった。フランシスコ・ザビエルもルイス・フロイスも、この本がなければ日本にやってくることはなかったろう。
ザビエルは最初にインドへ布教に赴き、日本人ヤジロウと出会ったことで日本へ向かうことを決意したのである。また、フロイスは日本へ出発する直前のザビエルとヤジロウに会っているという。イエズス会の日本での布教活動に『東方見聞録』の影響があるかどうか、はっきりとはわからないが、ザビエルは最初から日本へ布教に向かったわけではないのだから、「この本がなければ日本にやってくることはなかったろう」とまで断言できるだろうか。
さらには、この本は大航海時代の探検家たちの教養書、いや、未知の世界への夢をかきたてるバイブルとして大いに読まれた。あのコロンブスが、大西洋横断の旅の友としてこの本を読んでいたのは有名な話である。つまり、アメリカ大陸は、この本の影響がなければ発見されなかったのかもしれないのである。
それは「コロンブスがアメリカ大陸を発見しなかったかもしれない」のであって、バイキングはコロンブスより早くアメリカ大陸に上陸していたわけだし、コロンブス以外の人間がいずれアメリカ大陸が発見したであろうことは間違いない。文章が雑である。
偽書、サギ書といわれるものは、いまだにこの世に後を断たない。しかし、どうせサギなのであれば、この『東方見聞録』くらい世界の人々を動かす、壮大なサギをやっていただきたい、と望むのは、私のような後世の無責任人間ばかりであろうか。
唐沢俊一が「サギ」について語ると味わい深いなあ。でも、「サギ」は人を困惑させ怒らせはしても感動させはしない。『東方見聞録』は「偽書」じゃないからこそたくさんの人々を動かしたのだと思う。唐沢俊一にも他人を感動させる文章を書いて欲しい。ガセとパクリだらけの文章を長いこと検証しているおかげで、俺のハートはボロボロですw
なお、唐沢俊一は過去にマルコ・ポーロ関連のガセビアを書いたことがある(詳しくは2008年7月14日の記事を紹介)。
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