カニバル・ホロコースト!
「裏モノ日記」3月18日にこのような記述があった。
それからカニバリズム小説なのに、朝日の規定で“人肉食”という言葉が
使えず悲鳴をあげながら書いた『カニバリストの食卓』
http://book.asahi.com/review/TKY200809020153.html
といったあたりか。『カニバリスト〜』は書評委員の間で
「他紙にも書評が載ったけど、唐沢さんのが一番面白かった」
と言われてホッとしたものである。
この『カニバリストの告白』の書評については当ブログでも取り上げたが(詳しくは2008年9月3日の記事を参照)、つまり、『カニバリストの告白』が人肉嗜好を扱った小説であったにもかかわらず、唐沢俊一がそれを伏せていたのは朝日新聞の規定のせいだったのである。
…実に理解に苦しむ話である。先の記事の繰り返しになってしまうが、『カニバリストの告白』が人肉嗜好を扱っていることはタイトルに「カニバリスト」とあるのだからすぐにわかってしまうのだ。書評の中で伏せても意味が無い。…というか「人肉食」はダメで「カニバリスト」はOKだという朝日新聞の規定のありかたがよくわからない。規定にひっかかる言葉でも外国語ならいいんだろうか?「人肉食」が本当に問題だと考えているのならそのような馬鹿げた事態になるわけがない。「人肉食」を規制する必要があるのだろうか?
『カニバリストの告白』は読売新聞でも春日武彦氏が書評で取り上げているが、人肉嗜好を扱った小説であることはちゃんと書いてある(それにしても、唐沢俊一の書評の方が春日氏のものより面白かった、とする書評委員のセンスには疑問を持たざるを得ない)。
カニバリストと謳(うた)っているが、主人公である美しく反道徳的な天才シェフは、客に人肉を料理して食べさせることのほうに関心がある。彼は美味この上ない人肉料理を以(もっ)て客たちの心を操ろうとする。支配へ比重が置かれているからこそ、物語には悪魔的なトーンが加わり、どのような寓意(ぐうい)をも付与し得るだけの厚みを持つに至る。
というわけで、読売新聞では「人肉食」は規定に引っ掛かる言葉ではないようなので、どうも朝日新聞独自の規定らしい。それから、いわゆる「パリ人肉事件」について「朝日新聞」1981年6月17日朝刊社会面ではこのように書かれている。
死体の一部を自室の冷蔵庫に残し、少し口にした、とも告白しているという。
「人肉食」についてハッキリと書かれている。さらに、中田修・東京医科歯科大教授はこのようにコメントしている。
カニバリズム(人肉嗜食)というのは日本では非常にまれだが、異常な性欲を満たすために殺害し、激情のあまり―というケースは考えられる。
つまり、1981年の時点では「人肉食」について朝日新聞は規定を設けていなかった、ということになる。近年になって、何らかの事情で新たに規定を設けたということになるのだろう。
しかし、「人肉食」は規制されるべき言葉なのだろうか。残虐な表現を自粛するということなのかも知れない(もしそうなら「殺人」だって残虐だと思うけど)。ただ、先の記事でも書いたが、人肉嗜好というのは昔から多くの芸術作品で取り上げられてきたテーマである。ハンニバル・レクターしかり『スウィーニー・トッド』しかり。『ゆきゆきて、神軍』も『ミノタウロスの皿』も朝日新聞では紹介できないのだろうか?さらに、人肉嗜好は歴史・文化でも多く見受けられることなのだが、それについて取り上げることも許されないのだろうか。朝日新聞では鬼子母神についての説明もNGなんだろうか?『かちかち山』のおじいさんがおばあさんを食べてしまうヴァージョンは当然ダメだろうな。…いや、自分だって『八仙飯店之人肉饅頭』や『オフシーズン』を紙面で取り上げろというつもりは無いが(「ガール・ネクスト・ドア」と聞くとジャック・ケッチャムの方を思い出してブルーになってしまう)、「人肉食」ということ自体を無かったことにしてしまうというのは不健全なことだと思う。「無かったことにしてしまう」という考え方こそが差別を生むのではないだろうか?…あ、「食べてしまいたいほどかわいい」という表現もダメ?
それにしても、このような規定について唐沢俊一は何も思わなかったのだろうか?「人肉食」はダメで「カニバリスト」はOKというおかしな規定に唯々諾々と従ったとは考えたくはないが。そして、他の書評委員もそんな規定について何も思わなかったのだろうか?「日本著者販促センター」より。
・赤澤 史朗 氏 (立命館大学教授・日本近現代史)
・阿刀田 高 氏 (作家)
・天児 慧 氏 (早稲田大学教授・現代アジア論)
・石上 英一 氏 (東京大学教授・日本史)
・奥泉 光 氏 (作家、近畿大学教授)
・香山 リカ 氏 (精神科医、立教大学現代心理学部教授)
・唐沢 俊一 氏 (作家)
・柄谷 行人 氏 (評論家)
・苅部 直 氏 (東京大学教授・日本政治思想史)
・久保 文明 氏 (東京大学教授・アメリカ政治)
・鴻巣 友季子 氏 (翻訳家)
・小杉 泰 氏 (京都大学教授・現代イスラーム世界論)
・重松 清 氏 (作家)
・瀬名 秀明 氏 (作家、東北大学機械系特任教授)
・橋爪 紳也 氏 (建築史家、大阪府立大学教授)
・久田 恵 氏 (ノンフィクション作家)
・広井 良典 氏 (千葉大学教授・公共政策)
・松本 仁一 氏 (ジャーナリスト)
・南塚 信吾 氏 (法政大学教授・国際関係史)
・耳塚 寛明 氏 (お茶の水女子大学教授・教育社会学)
・尾関 章 氏 (本社論説副主幹)
阿刀田高もカニバリズムを扱った小説を書いていたはずなんだけどなあ。まあ、日本の知性を代表する人々がこれだけ揃っているのだから、さすがに抗議があったものと信じたいところだ。このような愚劣なルールに疑いを持たずに抗議もせずに、政治やら経済やら平和やらの大きな問題を論じられても困ってしまうよ。
※追記 唐沢俊一は『カニバリストの食卓』と書いているが、正しくは『カニバリストの告白』である。半年前に書評した本のタイトルを間違えないように。
※追記2 もしかすると、朝日新聞に「人肉食」という言葉を規制するルールはなく、唐沢俊一がウソをついている、という可能性もある。しかし、もし規制がないとすると、唐沢俊一が書評で「人肉食」について触れなかった理由がわからなくなるし、いくら唐沢でも朝日新聞に責任転嫁するようなことはしないと思うのだが。…とはいえ、可能性を考慮しておく必要はあると思ったので追記しておく。
※追記3 その後、『朝日新聞』の紙面に「人肉食」という言葉の使用を禁じる規定が無かった可能性が濃厚となった。詳しくは10月27日の記事を参照。
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