唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

華麗なるインチキ野郎。

 自分は唐沢俊一常に言い訳を用意している人ではないか?と思っている。たとえば、雑学の間違いを指摘されたときのために「雑学はアヤシゲなところが魅力」と言ったり、『社会派くんがゆく!』での発言が批判されたときのために「あれはあえて鬼畜を演じている」という具合に。漫棚通信さんから盗用したときも実にもっともらしい言い訳をしていたものだ(現在でもダマされている人多数)。まあ、口だけは上手なのね、と感心するやら呆れるやらだが、最初から言い訳する必要の無い見事な仕事をしておけばいいのにと思ってしまう。で、最近当ブログで突っ込まれている「古本マニアを自称する割りにあまり神保町に行ってない」件(詳しくは2月27日の記事を参照)についても言い訳していると思われる部分を発見したので紹介しておく。『古本マニア雑学ノート』あとがき(幻冬舎文庫)P.307〜308より。

 今回の古書ブーム初期のころ、毎日毎日、古書目録片手に古書街を回り、地方の古書展にまで夜討ち朝駆けで出向き、古書会館の即売会には必ず金曜の朝イチで並び、そのたびに古書代でウン十万は使う、という、自分のディープな古書マニアライフを誇らし気に語っていたライターがいた。もう四十になるのに、である。私のファンの中にも、
「唐沢さん、某氏のマニアぶりの方がよっぽど深いじゃないですか。このままだと負けちゃいますよ!」
 と、心配してくれた人がいた。だが、私はその人物の書いた文章を読んで、あ、これはインチキ野郎だな、と直感したものだ
 商売上、誇張して書いていたのかもしれないが、私がこの本の冒頭に描いた愛すべき古書バカたちだって、そのようにハリキリまくった毎日を送ってはいない。そもそもそんな生活、一年も毎日続けていてみるといい。あっという間に体を壊す。古書集めというのは、コレゾという古書市の日以外は、も少しテンションを低く保ちながら、ブラリブラリと行うものなのだ。特に、四十にもなれば、若いうちにある程度の基礎コレクションは出来てしまっているから、それほどあせる必要もなくなる。本にも書いてあるが、一分野のコレクションというのは、案外ざっとしたところは短時間で集まってしまうものなのだ。そんな、毎回ウン十万も使うだけ買う本が残っているというのは、まだマニアとしての日が浅い、という証拠でもある。なにより、そんな毎日を送っていて、どうやって本を買う金を稼ぐのか。
 案の定、そのライター氏は数年を経ずして古書業界人の看板を外してしまった。なにごとも極端はよくない。これからも私はぶらぶらと、行きたくなったら毎週でも通い、行く気が起きなくなったら一年くらいは御無沙汰しながら、神田という街、古本屋さんという商売との距離を保って、古本マニアであり続けるであろう。

 というわけである。「あんまり神保町に行ってないのでは?」と突っ込まれたら「なにごとも極端はよくない」とか言うんだろうね。だから、唐沢俊一の考えでは毎日古本屋に通ったりするのは古本マニアではないらしい。『古本マニア雑学ノート』の中には、古本マニアである逢坂剛が大学も職場も住居も神田の近くに選んだというエピソードが出てくる(P.31)のだけど、「作家の読書道」で逢坂氏はこんなことを言っている。

そう。古本屋は毎日行く。古本屋ってのは、棚が動いてないようだけど毎日行くと、ちょっとずつ棚揃えが変わってるんだ。スペインものの本とか、僕のもともと興味のある本はあらかた見つけてしまったので、今は新しい種類の本と出会うのが古本屋に行く楽しみかな。新しい自分の発見だね。

…こういう人が「古本マニア」なのだと思う。特に用もないのに毎日古本屋に行ってしまうという。自分も特に用もないのに本屋や映画館やCDショップに行ってしまうから逢坂氏の気持ちはよくわかる。その点、唐沢俊一は「行きたくなったら毎週でも通い、行く気が起きなくなったら一年くらいは御無沙汰しながら」と言ってしまうあたり、やはり古本マニアとしてはウスいのではないか。唐沢は「酒鬼薔薇聖斗事件」で取材を受けたときに「ビデオに飽きたオタクの犯行とは考えられませんか?」と質問されたことについて「ビデオに飽きない奴がオタクなんだ」ということを書いていたが、同じように古本マニアなら古本屋に「行く気が起きなくなったら」という気持ちにはならないのではないか?

 もうひとつ気になるのは、唐沢俊一が「インチキ野郎」呼ばわりしているライターのことである。よりによって唐沢に「インチキ野郎」と呼ばれるとは気の毒なことだが、文章を読む限り、このライターが「インチキ」をしているかどうかはわからない。そういうマニアが他にもいるかもしれないのだし。唐沢もライター氏について「まだマニアとしての日が浅い」と考えているのだから、「そのやり方じゃもたない」とか先輩としてアドバイスしてもよかったのに、どうして「インチキ野郎」呼ばわりするんだろう。40になって古本にハマるのが「インチキ」なのだろうか。別にウソをついていると断定しているわけでもないしなあ。それに唐沢だって、若いときには無茶な買い物をしているのに。『古本マニア雑学ノート』P.278〜279より。

 それから、やみくもに本を買いあさりはじめた。あちこちの古書店に行って、これまでは単に書名をながめただけで満足していた本も、買って手元に置いておかねば満足できなくなった。毎日のように古書店に通い、両手に重い紙袋を下げて家に帰った。古書店の人たちからは、
「あの気合の入ったお兄ちゃん」
と呼ばれていたそうである。

…この唐沢の行動も「インチキ」なのか?ちなみに、唐沢がこのような行動をとっていたのは「二十代の後半」から「五〜六年」のことらしいのだが、唐沢は「二十代の後半」は仙台もしくは札幌にいたのでは…?(2月21日の記事内の年譜を参照)
もうひとつ。唐沢商会『ガラダマ天国』(ぴあ)P.131より。

…しかし30代後半てのは別のところでも無理がきかなくなる
欲しいものをガマンできなくなるのである。「今のうちに買っておかなくては生きているうちに手にはいらなくなる」という危機感が生まれ始めるのだな。先日ある本屋で
「ここの棚にならんでるの全部ください」
というアブナイ買い方をとうとうやってしまった。誰か止めてくれっ

「ウン十万」の買い物をしているライター氏のことを「インチキ」と言えるのかどうか。というか、唐沢が自分より精力的に活動しているライター氏に対して「古本マニアというのは落ち着いているものである」と批判しているのを読むと、「じゃあ『古本マニア雑学ノート』の中で描かれている古本マニアって実は意外とマトモな人ばかりなのか?」と思ってしまって、本の面白さを殺ぐことになってしまっているのだが。あれだけ「古本マニアって凄い!」って書いていたのにね。唐沢俊一は「なにごとも極端はよくない」と書いてるけど、マニアというのは「極端にならざるを得ない人」なのだから、結局のところ、唐沢は自分はマニアではないと言ってしまっているのと同じなのではないか。あと、ライター氏への批判が唐沢に跳ね返ってきているような気もする。唐沢も「商売上、誇張して書いていた」ことがあるのか、と思うし、「どうやって本を買う金を稼ぐのか」というのは大学生時代の唐沢についても言えることだ。青学に4年、東北薬科大に3年半行ってた間は古本代をどうしていたんだろう。「バイトをしていた」という記述はあるんだけど、どんなバイトをしていたのかはわからないし。
 しかし、『古本マニア雑学ノート』のあとがきを読んで一番に感じるのは、唐沢俊一縄張り意識の強さである。自分とジャンルのカブるライターを思わず「インチキ野郎」と呼んでしまうんだもの。ちょっとビックリしてしまう。まあ、それ以前にあとがきで他のライターの悪口を書くか?と思うが。かつて東浩紀を潰そうとしたこともあるし(詳しくは2月7日の記事を参照)。自分より能力のある人を潰すより、自分の能力を上げていった方がいいと思うけどなあ。唐沢俊一を潰す人間がいるとすればそれは唐沢俊一本人(の無能・怠惰といったその他もろもろの要素)に他ならないのであって、件のライター氏も東氏も唐沢を潰すことなどできはしないのだ(もちろんkensyouhanにも唐沢俊一を潰すことはできない)。いい仕事をしていれば潰されない、と思うのは自分が世間知らずだからだろうか。

 唐沢俊一は最近蔵書を処分して新しい書庫を借りたという。「社会派くんがゆく!」によれば次の通りである。

唐沢 でもさ、オレの書庫にもよくテレビの取材が入ってクルーから「すごいですねえ」みたいなことを言われるんだけど、よく考えたら「これだけムダな本を集めまくっている変人がここにいますよ、みなさん」と視聴者に向かって言われているのと同じなんだよね(笑)。最近、自分も自分で、「これだけムダな本を集めている自分は、そんじょそこらの本マニアとは違うんだぞ」という自尊心のために本集めしているような気になってきたので、引越しを機に思い切って蔵書をまとめて整理することにしたんだけど。

しかし、古本マニアが蔵書をそんなに簡単に処分するんだろうか?もういちど逢坂剛の発言を引用してみよう。

買った本は捨てられないんですよ。資料に使った本、例えば戦時中にヨーロッパにいた人たちの、回顧録みたいな本もたくさん買ったんだけど、一度手放すともう二度と手に入らないからねえ。外交史料とか洋書も捨てられないね。この事務所に引っ越してきて最初は余裕があったんだけど今は余裕が無くなって来て・・・・・。

逢坂氏の発言の方が唐沢俊一の発言よりはずっと理解できる。唐沢がいったい何のために本を集めていたのかよくわからない(このあたりの事情は別の記事で考えてみたい)。まあ、古本マニアだって古本を整理・処分することはあるんだろうけど、少なくともロフトプラスワンでファンに押し付けるようなことはしないと思うのだが(詳しくは2008年11月26日の記事を参照)。せっかく集めた本なんだからもっとちゃんとした扱いをしないと可哀想である。とりあえずここは、唐沢俊一が蔵書を処分することによって古本マニアとして新しいステージに上ったのだと好意的に解釈したいところだが。いずれ唐沢は「古本屋に行かず、古本を集めず、古本を読まない」それでも満足するという古本マニアとしての究極の境地に立つのかもしれない。
 なお、今回の記事と関連して1月27日の記事を参照して欲しい。

華麗なるヒコーキ野郎 (ユニバーサル・セレクション2008年第3弾) 【初回生産限定】 [DVD]

華麗なるヒコーキ野郎 (ユニバーサル・セレクション2008年第3弾) 【初回生産限定】 [DVD]

古本マニア雑学ノート (幻冬舎文庫)

古本マニア雑学ノート (幻冬舎文庫)

ガラダマ天国―唐沢商会提供

ガラダマ天国―唐沢商会提供

おれたちの街 (4) 御茶ノ水警察シリーズ

おれたちの街 (4) 御茶ノ水警察シリーズ