唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

ブラッド・タイプでブルーになる。

 唐沢俊一スレッド@2ちゃんねる一般書籍板の荒らしの人は、自分のことを揶揄するときに「いかにもなオタク」のAAを貼るのだが、自分はそれを見るたびに「似てねぇ〜っ」とひどいモノマネを見たときの関根勤のようなリアクションをしてしまうので、伊藤剛さんのコメントを取り入れてなんとかしてほしいと思う今日この頃。自分でAAを作る能力の無い人にそのような要求をするのは残酷だろうか?藤岡真さんだって「やる夫」には似てないだろうから、心底呆れておられると思うが。

 お遊びはここまでにして本題。『唐沢俊一の雑学王』(廣済堂)P.74より。

 しかし、日本で血液型による性格判断という考え方を初めて示した高校教諭の古川竹二氏は、それを差別の撤廃につなげようと考えていたのである。

 古川竹二が血液型と性格の関係をテーマとした論文を発表したのは1927年だが、それ以前に1916年に原来復(きまた)が同様のテーマの論文を発表している。…っていうか、古川竹二は東京女子高等師範学校の教師であって「高校教諭」ではない(現在なら大学教授にあたる)。師範学校は戦前に存在した教員の養成を目的とした教育機関のことで、古川が勤務していた東京女子高等師範学校は現在のお茶の水女子大学である。
 それにしても、文章の続きを読むと首を捻らざるを得ない。

 昭和になって日本にも西洋式の知能検査が導入された。しかし人間は生まれつきの知能だけで優劣がつくのだろうか。頭がよくても、気が弱いためにそれを発揮できない子供もいる。古川氏はそう考え、知能に加えて性格も、人間を測る基準にしよう、と思いついた。そして、その性格を分類するよりどころとして、血液型を使おうと考えた。

 この文章を読む限り、古川竹二は血液型を新たな基準とすることでより正確に「人間を測る」「性格を分類する」ことを目指したわけで、それって「差別の撤廃」とは言えないんじゃないか?と思うのだが。結局のところ、「血液型性格診断は現在では差別のもとになっているが、そもそも差別を撤廃しようとして始められたものである」という話を書きたかっただろうけど、それだったらもう少しツジツマを合わせてくれないと。
 なお、同じコラムの中にある血液型のガセビアについて安岡孝一先生が指摘されているので、読んでみて欲しい。

※追記 「西洋式の知能検査」は明治時代に日本に導入されたので、「昭和になって日本にも西洋式の知能検査が導入された」というのは誤り。

唐沢俊一の雑学王―役に立たない!でも妙に気になるムダ知識

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