唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

おめーは本当に観ているのか?

BSアニメ夜話Vol.01』(キネマ旬報社)P.117の唐沢俊一の発言。

本当に今、世代の断絶というのは、すごく感じていて、これだけビデオやDVDがあるんだからと思うんだけど。もう十年、僕より下だと『刑事コロンボ』も知らないとかね、ヒッチコック一作も見たことがないとか、もちろんビリー・ワイルダーにいたっては……みたいな形のもので「ええっ」ということがよくある。『ゴジラ』ものを一本も観たことがないとか、ホラーものを観ても『リング』とか『呪怨』とかばかりで『ドラキュラ』とか観ていないとか。作っている人もこうだとしたら、エンターテインメントの流れというのは断ち切られちゃうな、というのはありますね。

…この発言を読んだ時は実に不愉快になったものだ。まさに「お前が言うな」ですね。もちろん、先達として若いファンやマニアに対して「あの作品はおさえとかなくちゃいけない」とアドバイスすることはあってもいいし、時には説教しなければいけない場合もあるかもしれない。しかし、それは十分に知識を蓄え経験を積んできた人間にだけ許されることであって、知識も経験もない人間がやったところで若い人を抑圧するだけになってしまい、むしろ害悪である。で、唐沢俊一が本当に上に挙げた作品を見ているかというと、実はきわめてアヤしかったりする。

唐沢俊一『B級学【マンガ編】』(海拓舎)P.248〜249

(前略)映像というものは、だいたい事実の6割から7割を提示し、あとは観客の想像力にハイ、とまかせることによって成立する。逆に言えば、そこで思いきりよく観客にバトンタッチできるかどうかの決断で、映像のカッコよさが成立するかどうかが決まるのである。
 この方式をもっとも徹底したのが、アルフレッド・ヒッチコックだろう。
 彼は、例えば平凡な一般人が犯罪に巻き込まれる映画を撮ろうと決めた時点で、その犯罪がいかなるものかを考えることすら無意味と考えた。映画にとって大事なのは、その犯罪がいかに行われたかであって、なぜ、行われたかではない。ヒッチコックは、事件の鍵になるもの(なんでもいい)を“マクガフィン”と名づけた。それは、映画の中で大事なものだ、とわかっているが、さてそれがどのようなものであるか、観客は知る必要はないもの、である。
 例えば『バルカン超特急』で、老夫人(原文ママ)の歌うメロディーに隠された、ヨーロッパを戦争に巻き込む陰謀を伝える暗号。また例えば、『汚名』の、ワインのビンに詰められたウラニウム
 この設定がナンセンスなものであることは言を待たない。
 欧州全土の運命を握るような重大な秘密が、なんで数小節しかないメロディーの中に暗号として織り込めるのか。スパイたちが目の色を変えるウラニウムとは、そもそもどういうものなのか(この映画が撮られたのは広島に原爆が落ちる1年前で、ハリウッドのプロデューサーたちは、ウラニウムの名すら知らなかったという。ヒッチコック自身は、どうしても会社がうるさく言うのなら、ダイヤに換えてもいいと思っていた)。
 そんなものはどうでもいい。大事なのは、その映画を見ているあいだじゅうは、その中でその設定が意味あるものに見えることなのである。

 『汚名』が「広島に原爆が落ちる1年前」に撮られたとしているのはおかしい。『汚名』がアメリカで公開されたのは1946年8月15日である(脚注には「1946年、米国映画」ってあるのに)。というか、『汚名』をちゃんと観ていればこういうミスをするとは考えられない。なぜなら、オープニングで「フロリダ州マイアミ 1946年4月24日午後3時20分」という字幕が出るし、デブリン(ケーリー・グラント)が「1946年1月9日」に盗聴していたレコードをかけるシーンがあるのだ。…本当に観たのか?さらにドナルド・スポトー『ヒッチコック―映画と生涯』(早川書房)上巻P.437には『汚名』についてこのように書いてある。

おもな撮影は一九四五年十月から一九四六年二月まで続いた。

…というわけで、『汚名』は1945年から1946年にかけて製作されたというのが正しい(なお、ヒッチコックは1944年に『白い恐怖』を製作していた)。どうして唐沢俊一がこのようなミスをしたかというと、『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(晶文社)を誤読したせいだと思われる。『映画術』P.160よりヒッチコックの発言。

(前略)そして、この話をどんどんひろげていき、あのウラニウムというマクガフィンをそこに導入したわけだ。映画のなかにはウラニウムが詰めこまれたワインのびんが四、五本出てくるというだけのマクガフィンだ。「いったい、そりゃなんだ。なんのつもりだ」とプロデューサーがきくから、「ウラニウムですよ。原爆の材料です」と言ったら、「原爆とはなんだ」というわけだね。一九四四年のことだからね、ヒロシマの一年まえの話だ。

ここだけを読んで『汚名』が「ヒロシマの一年まえ」に製作されたと早合点したのだろう。ヒッチコックの発言の続きを読めばそうではないと分かるのに。

そして、二週間後には、この映画の企画そのものをRKOに売り渡してしまった。イングリッド・バーグマンケイリー・グラントもシナリオもベン・ヘクトもわたしも、全部パッケージで!

プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックヒッチコックが「マクガフィン」について説明しても納得できずにRKOに『汚名』を売り渡してしまったのである。これでは撮影を開始することはできないんじゃ?と普通は考えそうなものだが。あと、「映画にとって大事なのは、その犯罪がいかに行われたかであって、なぜ、行われたかではない」って書いてるけど、それは映画によって違うだろう。犯人探しが重要な作品もあれば動機探しが重要な作品だってある。

 というわけで「ヒッチコック一作も見たことがないとか」と若い人をクサしていた人がヒッチコック作品を見たとは思えないミスをしているのはいかがなものか。若い人を脅す前に自分の知識をちゃんとしてほしい。「バカルン超特急〜!!」ってスピンキックを食らわしてやりたいような。

汚名 [DVD] FRT-036

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BSアニメ夜話 (Vol.01) (キネ旬ムック)

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B級学 マンガ編

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定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー

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ヒッチコック―映画と生涯〈上〉

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ファミ通のアレ(仮題) 1 (アスキーコミックス)

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