ガセビアが多すぎてほんとうに怖い。
「笛育市更新日記」さんにまたしても『シグルイ』ネタが。元ハガキ職人の血が騒いで思わずまたやってしまった。
「身内の学会員である唐沢俊一が時折このような盗用にふけるのを見て見ぬふりをする情がと学会員たちにも存在した」(第十八景「蝉しぐれ」より)
「日本トンデモ本大賞の会場……まこと広うなり申した」(第二十景「虎子」より)とならなければいいですね。
さて、唐沢俊一に盗用癖があることはもちろん問題なのだが、実はそれ以上に問題かもしれないのがライターとしての実力の無さである。特に最近の文章は間違いが目立ち、「盗用さえしなければちゃんとやれる」と弁護することも難しいのだ。当ブログで10月4日に紹介したIRAとショーン・コネリーについての文章は書いてあることがことごとく間違っていて、多くの人を驚愕させたが、間違いだらけの文章は実はあれだけではない。なんと唐沢俊一は誰もが知っているあの名作『ライ麦畑でつかまえて』について紹介することすら出来ないのだ。これはこの夏、あまりの酷さに唐沢俊一ウォッチャーを呆然とさせたネタだが、二度目の盗作発覚で新しく来られた方も多いようだから(「きっこの日記」にも取り上げていただいたようで…びっくり)、あらためて紹介することにする。以下『月刊ほんとうに怖い童話』(ぶんか社)2008年7月号掲載のコラム『唐沢俊一が選ぶアブナイ奇書』より転載する。
ビートルズの元メンバーであるジョン・レノンを殺したマーク・チャップマン、 レーガン元大統領を暗殺しようとしたジョン・ヒンクリーなど、殺人犯たちの多くが愛読書にしていたのが、ジョン・サリンジャーの青春小説『ライ麦畑でつかまえて』である。
1951年の刊行以来、売り上げ総部数はアメリカで1500万部、世界全体では6000万部に達したともいわれる世界的ベストセラーである。
ある日、突然大学生活がバカバカしくなり、テストの答案を白紙で出して退学になった主人公ホールデン・コーンフィールド。
なぜ彼は学校を飛び出したのか。なぜ彼は社会に対して、凄まじい疎外感を抱くのか。
1950年代、繁栄の絶頂にあったはずのアメリカに生まれたが、人生に目標を失い、生きていく希望を持てなくなった世代、すなわちロスト・ゼネレーションたちにより、この本は“自分たちのことを書いた本だ!”という熱狂的な支持を受けた。
自分たちが何をしようと、どうせこの世の中は変わりはしない。ならば、せめて人を殺すこと、有名人を殺すことで、この世界に、なんらかの足跡を残しておきたい……。ニヒリズムの極致のようなこの思想が、この本の中には秘められているという。
事実、アメリカのいくつかの州では、この『ライ麦畑でつかまえて』は未成年が読むことを禁じられている悪書である。
だが、本当にそうなのだろうか。邦名になっている『ライ麦畑でつかまえて』は、原題では「ライ麦畑の捕手」の意味である。主人公ホールデンは、麦畑で遊ぶ子供たちを見て、あの子たちが崖から落ちたら、下にいて、その落ちてくる子供たちを受け止めたい、という奇妙な想像をするのだ。
すべての子供たちが、自分のように目的を見失う前に、それを救ってあげたい。ホールデンの本当の悲劇は、そんな、前向きな考えを持っているのに、それを実行に移す方法を知らないということだろう。作者は、そういう主人公のようになる前に、社会に目的を見いだすように、と読者に訴えかけているのだ。
しかし現代では、すでに読者の多くは、主人公と同じく、人生に目標を失ってからこの本を手に取り、その喪失感を完全に共有し、犯罪に走る。
悲しい運命に彩られているのは、実は「悪魔の書」といわれるこの本自体なのかもしれない。
…よくもまあこれだけのガセネタを詰め込めるものだと逆に感心してしまう。それでは指摘していこう。
1.『ライ麦畑でつかまえて』の作者は、ジェローム・デヴィッド・サリンジャー(Jerome David Salinger)。
2.『ライ麦畑でつかまえて』の主人公は、ホールデン・コールフィールド(Holden Caulfield)。
つまり、作者と主人公の名前を両方とも間違えているのだ。この時点で書評として失格である。
3.ホールデンが通っていたのは大学ではなくプレップスクール。
4.ホールデンは白紙の答案を出したのではなく、「このような問題に興味が持てない」と書いて提出した。
「スペンサー先生(と彼は声に出して読み上げた)、これは僕がエジプト人について知っていることのすべてです。先生の講義はとても興味深いものでありましたが、僕はどうしてもその人々に興味を持つことができなかったのです。僕を落第にしていただいてもけっこうです。僕はどうせ、英語以外の科目をたぶん全部落とすことになると思いますので。」
村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)P.23より
5.ジョン・ヒンクリーに多大な影響を与えたのは映画『タクシー・ドライバー』。
6.「ロストゼネレーション」、いわゆる「失われた世代」は第一次世界大戦後の1920年代のアメリカの作家たちのことを指す。
代表的な人物としてヘミングウェイやフィッツジェラルドがいる。
7.『ライ麦畑でつかまえて』がアメリカの一部の州で禁書になっている(た)のは、作中の表現が教育上問題があるとされたため。
8.ホールデンは落ちてくる子供たちを受け止めたいと考えたのではなく、子供たちが落ちていく前に受け止めたいと考えていた。
「(前略)それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、そこで僕が何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになっている子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。(後略)」
村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)P.286〜287より。
9.『ライ麦畑でつかまえて』の「読者の多く」が犯罪に走ったことはない。
10.『ライ麦畑でつかまえて』は「悪魔の書」と呼ばれていない。
※追加
11.ホールデンは「麦畑で遊ぶ子供たち」を実際には見ていない。
「でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。(後略)」
村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)P.286より。
…いや、本当に凄い。『ライ麦畑でつかまえて』をちゃんと読んだこともないんじゃないか?今までの人生で10万冊を読破したと『ビジネスマンの強化書』では書かれていたのに(どれだけのペースで読まなきゃいけないか考えてから書いて欲しい)。パクらないで素で文章をを書いたらこんな風になっちゃうんだね。でも、一部では明らかにウィキペディアを下敷きにしているんだけど。
IRAについての文章はまだかばいようがあった。日本人にとっては縁遠い話題だから、知識がなくてもしょうがないとは言えた(もちろん、ちゃんと調べもせずにガセネタを書いていたことはかばいようがない)。しかし、『ライ麦畑でつかまえて』は読書家なら必ず手に取る本なのだ。そんな本の説明すらできないとは、はっきり言って中学生の読書感想文以下である。
『唐沢俊一が選ぶアブナイ奇書』には他にも芥川龍之介が「妻子ある女性」と不倫していて、芥川の自殺が文学青年の間に自殺ブームを起こしたとか、『ドグラ・マグラ』について間違った説明をしていたり、ココ・シャネルがジャン・コクトーの恋人だったとか、全編にわたって間違いであふれかえっている(ちなみに芥川の話は『唐沢俊一の古今東西トンデモ事件簿』の使いまわしである)。きわめつけは『ノストラダムスの大予言』を紹介した文章でのこの一節。
やがて1999年になり、世界はさして破滅もせず、平穏な中でわれわれは2000年、新世紀を迎えた。
…21世紀は2001年からだろう。雑学を知らないどころか一般常識すらないとは。それに「さして破滅もせず」ってどういうことなのか(『ノストラダムスの大予言』でこんな間違いをしていることは、と学会としてはどうなんだろう?)。
そんなヒドい内容であるにも関わらず、唐沢はこのように自画自賛している。
『ライ麦畑でつかまえて』『ドグラ・マグラ』『阿片』などを
紹介したもの。今でも手に入る、というこの手の記事の条件つき
が枷で薄くなっちゃってますが、まあ掲載紙の性格上、ね。実は連絡ミスで字数を多く書いてしまって、大幅なカットが
必要だったんですが、編集者が“面白いから切るのは惜しい”と
ページ数の方をふやしてくれました。感謝。
ウソだらけなのに「薄くなっちゃって」はないだろう。これ以上濃くなったら困るよ。
なお、『唐沢俊一が選ぶアブナイ奇書』については「トンデモない一行知識」さんが取り上げているので参照して欲しい。これだけガセが多いと突っ込むのも一苦労である。唐沢俊一にはもっとまっとうに生きて欲しいものだ。
似ているようで違う――サリンジャーとサレンダー
似ているようで違う――失われた世代と打ちひしがれた世代
『ライ麦畑でつかまえて』は殺人教唆はしていない
映画『ノストラダムスの大予言』の中でだけは大パニック発生
2000 年の新世紀に少しだけ破滅した世界というポエム
不可解と妄想が後追い自殺を誘発することもある
「最近の研究」では、「妻子ある女性」がいた
「堂廻目眩 (どうめぐりめぐらみ)」って何かカッコイイ
胎児進化説や奇学説など、次から次へとセンスのよくない造語が
コクトーが阿片中毒から立ち直ったのはラディゲの死の 10 年後
ファンタジアが結構リアルだとは聞くけど
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