唐沢俊一検証blog

唐沢俊一氏の検証をしてきたブログ(更新は終了しました)

『血で描く』というのは唐沢の本懐を遂げるのにふさわしい本かい?

 みなさんお気づきのこととは思うが、当ブログの記事のタイトルはダジャレやおふざけが多い。正直「つまらない」とお思いの方もいらっしゃるかも知れない。なぜこんなことをするのかというと、第一には、当ブログの検証対象である唐沢俊一の「裏モノ日記」が毎日ダジャレのタイトルをつけているからである。唐沢に関心がある人が見れば、「タイトルがダジャレだなんて唐沢のことをなかなか研究しているな」と感じて当ブログに興味を持ってくれるかも知れない、というわけである。第二には、タイトルでふざけることで別に正義感だけで唐沢を検証しているわけではなく面白がって楽しんでやっているのだということをアピールすることをねらっている。そして、第三には、単純に自分がダジャレやおふざけが好きだからというわけである

 さて、そんな「裏モノ日記」2008年8月27日のタイトルは「アフガン狂時代」である。…えーと、このモトネタはたぶん「黄金狂時代」だな。アフガン狂、あふがん狂、おうごん狂、黄金狂…ってね。…まあ、ぶっちゃけてしまうとまるで面白くない(自分のことを棚に上げている)。しかし、そうは言っても、最近の「裏モノ日記」のタイトルはどれも面白くないのだから(「AERA」の中吊り広告のほうが面白いかも)、取り立てて言うほどのことではない。「裏モノ日記」にはダジャレのタイトルの後でいつもタイトルに関連した小ネタが書かれている。「黄金狂時代」とひっかけているということは、靴を料理するとか、空腹のあまり人間が巨大なニワトリに見えるとか、ロールパンのダンスとかそういうネタをやるのかと思っていた。ところが、「アフガン狂時代」にはこういう文章がつけられているのである。

伊藤和也さんのご冥福をお祈りします。

…はぁ!? つまり、アフガニスタンで殺害された伊藤和也さんを追悼するダジャレだったということか?ダジャレで追悼とは前代未聞だが、笑えもしないし故人に対する哀悼の気持ちも感じられない中途半端なものになってしまっている。ウケを狙うか追悼するかどっちかにしてほしい。 「中途半端」というのは「笑い」で一番やってはいけないことのはずなんだが、唐沢って「笑い」のセンスも無いのかなあ
 それ以前に、このダジャレは極めて不謹慎である。亡くなった伊藤さんはNGOの職員としてアフガニスタンを復興するために活動されていたのだが、イラク日本人人質事件の影響もあって、海外でボランティアで活動している人に対していわれなき批判が浴びせられることも少なくない。唐沢のダジャレはそのような偏見を助長するおそれがあるのだ。つまり、「アフガン狂時代」というダジャレを伊藤さんの死に関連させることで、伊藤さん=アフガン狂となってしまい、伊藤さんがなにやらおかしな人だったというイメージが出来てしまうのだ。というよりは、イラク日本人人質事件の時も「社会派くんがゆく!」で悪口を言いまくっていた唐沢のことだから、伊藤さんのこともどこかで小馬鹿にしているのではないかと疑ってしまう。それに「アフガン」と「黄金」をひっかけたいのなら他にもいろいろあると思うのだが。「黄金バット」(これなんか唐沢の数少ない得意分野だろう)とか「黄金虫」とか「マッケンナの黄金」とか。なのになぜわざわざ「黄金狂時代」をチョイスしたのかさっぱりわからない(小ネタも無かったし)。もしかすると、唐沢は「アフガン狂・時代」ではなくて、「アフガン・狂時代」と言いたかったのだろうか。つまり、「アフガニスタンは今狂った時代なのだ」と。…こんな風に勘繰りたくなってしまうほど唐沢の文章は理解不能なのである。
 もうひとつ問題なのは、「裏モノ日記」のタイムラグである。「裏モノ日記」はいつも何日かズレてアップされている。たとえば、今日8月30日にアップされたのは8月28日の日記である。藤岡真さんによれば「確か、専門の業者に原稿を渡してアップするという手法をとっているはずだ。」ということらしいが(いまどき?)、自分がタイムラグが生じる理由として考えているのは「諸般の事情をツジツマあわせする必要があるから」である。いろいろやましいところのある唐沢としてはリアルタイムで日記をアップするとさしさわりがあるので、わざと日にちをずらしているのだと思っていた。または、ああ見えて実はカッとなりやすい(関係ない第三者mixiに降臨しちゃったりする)唐沢が激情の赴くままに筆を走らせないようにしているというのも考えられる。まあ、理由はともかく、今回はタイムラグのせいで唐沢が不謹慎な言動をとってしまったという話である。唐沢が「伊藤和也さんのご冥福をお祈りします。」と書いたのは、8月27日付けの日記である。ところが、伊藤さんの死亡が確認されたのは翌28日になってからである。つまり、唐沢は伊藤さんの死亡が確認される前に冥福を祈ってしまったわけである。お前はエスパーかという話だが、これは不謹慎であるというよりも唐沢の頭の悪さが問題なのである。唐沢にしてみれば、28日以降に伊藤さんの死を知ってから日記をつけているのだが、日記の時間ではまだ伊藤さんの死が確認されていないことを忘れて書いているのだ。ツジツマを合わせ損ねているのである。まあ、「DAICON7」での逃走劇についてもまともに説明できない人だからしょうがないのか。さっさとブログに移行すればいいのに。
 さて、自分が一番ひっかかったのは、伊藤さんについて触れた日記の本文である。

アフガンでタリバンと思われる集団に拉致された日本人、伊藤和也さんらしき人の死体が発見されたとのニュース。
危険が最近増している現地での農業指導に、信念を持って当たったからにはこのような死も覚悟の上であったろう。
いたずらに嘆くより男子の本懐と讚えたい。
とはいえ、彼の所属していたペシャワール会の、武装も警備も一切なしに会員に現地活動を勧める姿勢はやはり問題ありだと思う。ペシャワール会代表の中村医師の、
「われわれは憲法9条を守っているからタリバンだって手を
出さない」
http://www.magazine9.jp/interv/tetsu/tetsu.php
という言葉が空虚なものだったことがこれで明らかになってしまったわけだ。

 ここでは「伊藤和也さんらしき人の死体が発見されたとのニュース。」と書いている。それなのに冥福を祈っていたのか。まず、おかしいのは「いたずらに嘆くより」である。…あのなあ、伊藤さんの死が判明してまだ間もないんだから、みんな悲しみに沈んでいるに決まっているじゃないか。それに対して「嘆くな」とは、あなたは一体何様なのか。「いたずらに」って伊藤さんの死をまったくもって嘆いていない唐沢に言われたくないよ。
 そして、「男子の本懐」である。「DAICON7」での逃走劇とそれについての数々の言い訳を見ていると、唐沢が「男子」だとはとても認められないのだが、そもそも唐沢は「男子の本懐」というものをまるで理解していない。「男子の本懐」といえば、浜口雄幸が東京駅で銃撃され手術を受けた後で漏らした言葉である。また財部彪の日記に浜口が「たとえ玉砕しても男子の本懐ならずや」と語っていたことが記されていることからも、浜口が激動の時代の政治に命懸けであたっていたことがわかる。しかし、それは浜口自身が覚悟を持っていたという話であって、周囲の人間がその死を「讃えたい」と思うかどうかは疑問である(やはり浜口の死は非業の死なのだから)。それに伊藤さんは死を覚悟していたわけではない。伊藤さんがペシャワール会に入会するにあたって書いた文章を全文引用する。

私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。
 私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。
 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。

 「アフガニスタンは、忘れさられた国である」

 この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。
 私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。
それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。
 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。
 私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。
反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。
 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。
 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。
 子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。
 甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。
 しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。
 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。

 2003年6月15日

 この文章からは伊藤さんが死を覚悟していたとは読み取れない。ただただアフガニスタンの復興を手助けしたいというまっすぐな気持ちにあふれた文章である。伊藤さんは出来る限りアフガニスタンで農業を指導するために精一杯働きたかったに違いないのだ。アフガニスタンで志半ばで斃れたことが伊藤さんの「男子の本懐」であるとは自分にはとても言えない。それから、ペシャワール会についてもあれこれ言っているが、そのような話題は唐沢には高度すぎるのでやめておいた方がいいと思う。まあ、話題にしたらそれはそれで新たな検証のネタになるから当方としては別に構わないのだけど。
…やはり、話はどうしても「DAICON7」での逃走劇へと戻ってしまう。藤岡さんの来訪に怯え、そのくせ虚勢を張るという、まるで「男子」とは思えない唐沢がどうして「男子の本懐」について語るのか。いや、「男子」ではないからこそ軽々しく「男子の本懐」を語るのだと言った方がいいのか。自分は「もしも戦争になったら、こういう人が戦場に若者を送り込むんだろうなあ」としみじみ感じてしまったのだが(唐沢は年齢的にも身体的にも戦場に行く可能性は無いし)。安全な場所から他人の仕事を誉めそやしたり貶めたりする卑劣さがよくわかる事件であった。いや、ホントに藤岡さんから逃げたショックでおかしくなってるんじゃないか?

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